桜は見事に咲き誇っている。高校までの坂道は桜のトンネル。
なのにウキウキしない。喜んでスキップしたりもしない。
旭ケ丘高等学校入学式。
そう書かれた看板が校門に立てかけられ、その存在感を示している。
その看板の前で親子が3人、仲睦まじく嬉しそうに写真を撮っている。
私は...唇をかむ。血がにじみ出てきそうなほどに。
式中も誰も私にカメラを向けない。呼名されて返事をするけれど私の声は空気。誰の耳にも届かない。
ふと、体育館の無機質な天井を見上げる。冷徹な眼差しで。
高校生活なんていらない。これからの3年間なんていらない。
凍てついた、死んだ魚のような目で追う3年間なんていらない。
ほしいのは...

「ねえねぇ。」
「何?」
またか。そう思った。入学式が終わり、その翌日からずっと後ろの男はこんな感じだ。私の背中をツンツン。気づかないふりして無視すると、肩ポンポン。それも無視すると、席を立ち、私の目の前にやってきて「ねぇ。」という。ずっとその繰り返し。しょうもない、「かまってちゃん」なんだ。
「晴香ちゃん、ここ教えて。」
見せられたのは、本当に高校受験を突破してきたのかと疑いたくなるようなド基礎問題。しかも英語の受動態。こんなこともわからないでよくここにいられるなあと思った。一応進学校だよ、ここ。
「私、授業の準備があるから後にしてもらってもいい?」
強い口調で突き放すと
「ええ~ケチぃ。」
と返事が返ってきた。このテンションについていくのがしんどい。早く席替えの日がくるといい。そう願ってやまなかった。
そして、こいつにしてやられることになる。

「はい。じゃあ大門1のカッコ1から、出席番号順に回答と解説お願いします。」
まさか...いや、そのまさか、だ。私が回答を言い終わり、ヤツの番になった。でもだんまりを決め込んで一向にしゃべりだそうとしない。
理由はわかってる。わかってるから怖い。
「射矢くん。わかるかわからないかだけでも答えてください。」
「アイドントノーです。さっき晴香ちゃんに聞いたんですけど教えてくれませんでしたぁ。」
「蒼井さん。」
先生の視線が真っ先に向けられ、数秒後にはクラス全員の視線を一身に受ける羽目に。
「教えてあげてください。」
先生の冷たい声が心を凍らせる。
私はこっくりとうなずいて、そのまま後ろのヤツを見る。いや、正確に言えばにらんだ。
「今度はにらんできましたぁ」とは言わなかったが、得意満面の笑みをこぼしていた。
こんなヤツが後ろにいると思うと毎日が苦しい。いちいち相槌。いちいち説明。疲れる。
ただし、これだけじゃなかった。
私の席の彼は...
「キャ~~~~~王子ぃ!!」
「あれが噂の...!?」
「背、高くない!?」
「ヤバ、チョーかっこいい????」
と女子からワーキャー言われているアイドル的存在の香園寺冬真くん。名前からインパクト大だけど、その見た目といい振る舞いといい、何をとっても本当に王子様みたいなんだ。それだけなら、特に問題なかった。私がたまたま隣の席で、少しキュンキュンしながら一方的にみている分には。

しかし、思いがけないことが起こった。