「で?キスなんかしちゃって、その後職場で気まずくなったりとかしないの?」

コーヒーが運ばれてくるなり、トモエは身を乗り出して聞いてきた。

「それが、全然なんだよね。」

「全然って?」

コーヒーから立ち上る湯気でトモエの顔が一瞬霞む。

「もともと彼は出張が多くて顔を合わす機会もあんまりないんだけど、こないだ久しぶりに朝席にいてさ。こっちはめちゃくちゃドキドキして勇気出して『おはようございます』って言ったのに、こっちをちらっと見て、普段と何の変わりもなく、『おはよう』だって。」

「えー!でもクールに装ってるだけで、内心はドキドキしてたかもよ?」

「それはわかんないけど。だけど、キスした後、何か特別なアクションは全くないの。あれは一体なんだったんだろう?って。それに、彼がすごい女好きで浮気性だって話も別の人から聞いて、ひょっとしたらあのキスも遊びだったのかなぁなんて落ち込んじゃって。」

「そっかぁ。」

熱々のホットケーキが私達の前に置かれた。

上に乗ったバターが半分ほどトロリと溶けている。

一緒についてきた蜂蜜をたっぷりかけた。

一口頬ばるととろけるように口の中で崩れていく。

「こんな柔らかいホットケーキ初めて。」

「でしょう?店長特製のホットケーキなんだって。30年前から味は全然変わってないって。」

「私達がこの世に生まれた時からあるんだ。なんだか感慨深いわね。」

ホットケーキとコーヒーの組み合わせも絶妙だった。

「だけどさ。もしよ?その彼がチサに気があったとして、チサは付き合う気あるの?」

トモエが妙に冷静に聞いてきた。そして、ホットケーキにナイフを入れながら続ける。

「だって、相手はバツ一なんでしょ?しかも女好きで結婚願望もないわけで。チサは早く結婚したいんじゃなかったっけ?いくらいい相手だとしても、ちょいとそのハードル超えるの厳しくない?」