まだなんとなく帰る気がしなくて、駅前のカフェに入る。

行き交う人の波を眺めながら、ぼんやりとカフェオレを飲んでいたら、スマホが振るえた。

誰だろう、こんな夜遅くに。

スマホは、大学時代の親友、渡邊トモエからの着信だった。

一人空しい気持ちで凹んでいたところに神様からの贈り物みたいな親友からの電話。

思わず飛び付くように出た。

「わー!トモエ!久しぶり!元気?」

「こんな夜遅くにごめん。寝てた?」

「寝てないよ-。だってまだ外にいるもん。」

「えー!夜遊び中?悪いなぁ。」

トモエが電話の向こうで笑った。

「違う違う、今日は友達に誘われて陶芸教室の体験に行ってて、なんとなくぶらついてたらこんな時間になっちゃったの。」

「そうなんだ。相変わらず楽しくやってるみたいね。」

「そういうトモエはどう?」

「実はさ、海外へ一人旅してきて、今朝帰って来たの。」

「一人旅?嘘でしょ-!?」

トモエは、大学を卒業してから幼稚園の先生をやっていた。

真面目なトモエは着々とその能力を発揮して優秀な成績を修め、あの若さで副園長候補にまで挙がっていた。

そんな矢先、担任をしていた園児が、ふと目を離したすきに頭にケガをしてしまい、その保護者とトラブルになってしまった。それがきっかけで、トモエは随分と落ち込んでその幼稚園を辞めて今は無職の身だった。

「一人で海外なんて、トモエもなかなかやるわね。ってことは相当元気になったってことかな?」

「そうよ。しばらく休んでたら、だんだん一人うじうじ家の中にこもってるのがばからしくなっちゃって。」

「それにしてもどこへ行ってたの?」

「うふふ。ヨーロッパ。イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、それから最後にオーストリアへ。」

オーストリア。ショウヘイのがっしりとした腕を思い出して胸が熱くなった。

「そうなんだ。実は私も先月一人でオーストリアに行ってたのよ。奇遇ね。」

「え!チサが一人で海外なんてそれこそ信じられない!何かあったの?」

大学時代からいつも誰かに頼りっぱなしの私には、きっと考えられないことだよね。

「実はさ、タカシに振られちゃって。憂さ晴らしに思い切って行ってみたんだ。」

「タカシ?ずっと付き合ってた彼だっけ?それは辛かったね。」

辛かったねって言われたら、なんだか当時の辛い気持ちが蘇ってきて目頭が熱くなった。

相変わらず優しいトモエ。

「でも、すごいじゃん。一人でチサがオーストリアへ行っちゃうなんて、学生の頃では考えられないよね。」

「ほんとそうだよ。人間成せば成るものねぇ。」

「オーストリアって初めて行ったけど、素敵な国よね。食べ物もおいしいし、人も温かいし、景色もきれいだし。・・・久しぶりにチサとゆっくり話したいな。」

「うん!会おうよ!タカシと別れたし、スケジュール空きまくりだよ。」

「じゃあ、よかったら明後日の日曜のランチなんてどう?」

「オッケー!全然大丈夫。」

トモエと日曜に会う約束をして電話は切れた。

晴れやかな気持ちだった。

電話がかかってくる前のどんよりした自分が嘘みたいに。

カフェオレを一気に飲み干すと、立ち上がって駅の改札に向かった。

成せば成る、・・・のかもしれないと思いながら。