「わかった。チサ。またあなたが言いたくなったらいつでも聞くから。」

私は何も言わずうなずいた。

言えないよ。言える訳がない。

きっと誰かに聞いてもらえたら、すっきりするのに。

その後、マキとは駅で別れた。

なんとなく、そのまま帰りたくなくて、駅前の本屋をうろつく。

昔から本の匂いや本に囲まれてる空間が落ち着く。

本当は図書館司書になりたかったくらいだ。

大学でその資格を取る余裕と時間がなくて、結局とれなかった。

雑誌コーナーで最近のトレンドを斜め読みしてから、ゆっくりと各専門書の通りを歩く。

私には無縁の小難しい本が並んでいるのを見ながら、その本の香りと厚みに癒されていた。

そのうち海外の歴史書の棚の前にたどり着く。

『ハプスブルグ家』という背表紙が目に飛び込んできた。

ショウヘイに連れて行ってもらった黄色くてとてつもなく荘厳なシェーンブルン宮殿の記憶が蘇ってくる。

マキの言うように、ショウヘイは女好きの浮気性なんだろうか。

あんなにもクールで嫌味で余計な一言の多い人間が、突然優しい言葉をかけて女性を虜にしてしまう?

もし女好きなら、あれだけ夜に一緒の部屋にいたのに、一度も手を出さなかったってことは、私によほど魅力がなかったってこと?

それはそれでガックリだわ。

だけど、

こないだ・・・キスされた。

ってことは、まんざらでもないってことよね?自問自答しながら、勝手に都合良く解釈する。

ショウヘイの柔らかい唇を思い出すだけで体中が火照ってくる。

好きになっちゃいけないって思うから、余計に恋しいの?


よりによって、どうしてバツ一なのよ。

そして、どうして結婚をくだらないなんて言う人を好きになっちゃったのよ。

長いため息をついて、ハプスブルグ家の棚からゆっくりと離れた。