「そうそう、チサがオーストリアに旅立った翌日だったかなぁ。チサの所属してる人事部教育担当課に異動で一人入ってくるって噂になってたよ。」

「そうなの?」

「えーっとね。誰だったかな。澤村、澤村ショウヘイとか言ってたかな。バリバリのT事業部の営業マンでかなりのやり手だったみたいよ。しかも、30過ぎで課長に大抜擢されるような強者がなんでまた営業から人事なんだろね。」

「きっと、何かやらかしたんでしょ。もしくは、次の部署が決まるまでの一時預かり的な感じかな。」

「まぁ、私の男友達曰く、なかなかの男前らしいけど。実は、その澤村って奴がオーストリアの彼だったりして?」

マキは私の顔をのぞき込んでいたずらっぽく笑った。

「まっさかー。そんなうまい話はないし。それに、すごく嫌な奴だったから、そんな奴とは一緒に仕事したいとは思わないわ。」

「本当に?」

「本当よ。」

マキもくだらないこと言うわ。まったく。

澤村って人が彼の確率なんて、一万分の一よりも低い確率だと思う。

「とりあえず、今回のオーストリアはタカシを忘れるのには成功したってことで。乾杯!」

マキはビールのグラスを掲げた。

「そうね。すっかり忘れたわ。乾杯!」

マキのグラスに自分のグラスをカチンと合わせた。

日本で飲むビール。それはそれでおいしいんだけど、やっぱりあの日ウィーンで飲んだ味とは違っていた。