そして。

年頃の男女が同室に4日間も寝泊まりして何もないまま、その翌日、オーストリアから日本へと戻ってきた。

彼とはただ一言。

「さようなら。ありがとう。」

とお互い言っただけで。

握手さえも交わさないままあっけなくお別れをした。

まぁ、映画のワンシーンのようにドラマティックにはいかないもので。


お土産は、空港で買ったシェーンブルン宮殿のポストカード一枚。

そのポストカードをマキに見せながら、事の一部始終を話した。

「まじでー!指一本触れなかったの?信じられない!」

マキが食いついたのはそこだった。

「よっぽどチサに魅力がなかったか、その彼とやらが自分に自信なかったかのどっちかだね。」

「やめてよ。どうせ私に魅力がなかったんだわ。そういう事しようと思えばいくらでもそういう機会があったわけだし。」

「じゃ、チサはそういう機会があったら、やっちゃってたわけ?」

「やっちゃったって・・・品のない言い方はやめてよね。」

「ごめんごめん、だけどさ、聞いてたらそこそこイケメンじゃん?私だったら自分からけしかけるかもねぇ。」

マキはポストカードをひらひらさせながら、ニヤニヤ笑った。

「私は行きずりの見ず知らずの相手とだなんてごめんだわ。絶対嫌。」

マキの手からポストカードを奪いながら言った。

「へー。真面目ねぇ。チサは。」

ポストカートは、自分の手帳に挟んでバッグにしまった。

真面目。

私は真面目よ。

だけど、一瞬、そういう風になったらそうなっちゃってもいいかな、なんて思ったのも確かだった。

嫌な奴ではあったけど、あのがっしりとした骨張った腕を思い出すと、顔が熱くなった。

日本でまた偶然会う事なんてあるのかしら。

きっと無理だわね。

お茶の一杯ご馳走する日は、きっと来ない。