彼は私の顔をチラッと見て言った。

「眠そうだね。」

「そう?そうでもないけど。」

「さっきから一点見つめたまま動かないけど。」

「色々考え事してるのよ。」

確かに、思考回路が時々止まってるような気がしていた。

眠いんだろうか。

そりゃそうだわ。

ものすごい刺激の多い一日だったんだもん。

「そろそろ帰ろうか。君も疲れてるだろうし。」

「はい。」

そう言って立ち上がろうとしたら、足下がふらついた。

私、相当飲んだのかしら?

これしきのビールで足下がおぼつかなくなるなんて。

「大丈夫?」

彼は私の腕を持って倒れないように支えてくれた。

空港でも感じたけど、整った顔からは想像もできないくらいがっしりした手。

固くて重たくて強かった。

その手は私が体制を立て直すと、離れた。

酔いが相当回ってるんだろうか。

彼の手が離れた時、なぜだかとても寂しい気がした。

彼は支払いを済ませると、また私の腕を支えながら外に出た。

「今日は何から何まですみません。ごちそうさまです。」

「かなりふらふらだけど、歩ける?」

「ええ、大丈夫、意識はしっかりしてるから。」

「意識と実際のバランスが違うのが酔いが回るってことだ。遠慮なく俺の腕つかんでくれていいよ。倒れられると余計やっかいだから。」

こいつは、優しいのか冷たいのか、本当にわからない。

この一言さえなかったら、もっと・・・。

「ありがとうございます。じゃ、遠慮なく。」

私は彼の腕をぎゅっと強くつかんだ。

がっしりした腕。

安心できる腕だった。

外はすっかり暗くなり街灯の明かりが点々と旧市街を照らしていた。

それは、一枚の絵画のように美しい光景だった。

だけど、知らない夜の街は妙に心細くさせる。こういうのをホームシックっていうんだろうか。

今頼れるのは彼の腕だけだと思った。