「チサ、あなた今でも彼のこと愛してるんでしょ。」

愛してる。

愛してるなんてこっぱずかしい言葉。

誰にも言ったことがない。

だけど、この気持ちが愛してるっていう気持ち?

「澤村がこの会社を去った理由、チサは知ってるんじゃない?それはとても彼の人生を大きく揺るがすような理由だったと私は感じてるの。」

「そうね。多分。」

「だけど、あなたはまだ彼のこと全てわかってるわけじゃない。それをきちんと彼に確認した?」

マキの大きな目に吸い込まれそうだった。

確認なんてしてない。

する前に、恐くなって私は彼の元を去ったんだもの。

だけど、それが彼にとって最善だと思ったから。

「あなたがもう少し早くそれに気づいて、澤村にぶつかっていってれば二人の人生は変わってたかもしれない。」

「変わってたかもしれない、ってもう既に時遅しってこと?」

「わからないわ。ただ、正直私が見えるのはそこまで。その先はどうしても見えないの。」

私は苦笑しながら足を組み直した。

「自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気がさすわ。でも、マキの言葉、すごく今の私にはありがたかった。自分の気持ちも、これからどうすればいいかも、本当にわからなくなってたから。これで、すっきりあきらめがつくわ。次に進める。」

マキは寂しそうに笑った。

「あきらめるの?」

「うん。もうショウヘイはどこかへ行ってしまったもの。全て今更だわ。きっと彼も色んな決別をしてここを去っていったと思うから。」

また会場に拍手が響き渡る。

トリオが再び、ステージに現れた。

じっとワイングラスを見つめていると、耳に聞いたことのあるメロディが流れてくる。

これは。

トモエがくれたシェーンブルン宮殿のオルゴールから流れていた曲。

題名はわからないけれど、とても有名な曲だったと思う。

マキが演奏を聴きながら静かに言った。

「枯葉・・・ね。」

どことなく寂しいけれど静かに染み渡る曲だった。

「いい曲ね。」

「あら、チサがジャズ褒めるなんて珍しい。」

マキはくすっと笑った。