「それにしてもオーストリアって居心地のいい国ね。私は初めてだけど、あなたは初めてじゃないんでしょ?」

「うん。とても人間の温かさを感じる国だ。それに景色も気温も空気も食べ物も、丁度いい。特別感がそれほどないところが逆に居心地がいいのかもしれない。」

「特別感、ね。フランスとかイタリアとは違うってこと?」

「ああ。フランスやイタリアもすごく素敵な国だけど、俺にとっちゃ丁度いいんだ。オーストリアの方が。」

なんとなく、彼の言ってることが理解できるような気がした。

特別感は、ある意味気持ちが張るから少し緊張する。

だけど、この場所はそこまでの特別感がないから、自然体でいられるのかもしれない。

「この国には特別な思い入れがあるのね。あなたにとって。」

彼は何も言わず少し口元を緩めてビールを飲んだ。

私にとって特別な思い入れがある国ってどこだろ。

海外旅行の経験のない自分も、今はオーストリアかもしれない。

ビールのジョッキを両手で挟みながら、彼の横顔を見つめている。

一瞬、この状況って一体なに?って思う。

昨日までタカシに振られてうちひしがれて、気がついたら空の上。

オーストリアに着いたと思ったら、置き引きに遭い、そして今彼の隣で飲んでる。

嘘みたいだ。

こんな展開。

でも、マキが言ってたように、タカシのことなんかいつの間にか忘れていた。

っていうか、それどこじゃない状況に翻弄されてる。