松坂部長は長々とした挨拶が昔から嫌いだった。

そういう所も若者に指示される所以。

長年勤め上げた会社から退くとは思えないほどあっさりとした挨拶だった。

そして最後に、

「皆、自分をしっかり持って、正しいと思う道を選んで行ってくれ。どんなことがあっても腐るな。希望を持って前へ進め。それが僕から君たちへ最後の言葉にしたいと思う。」

そう言うと、深々と頭を下げた。

誰からともなく拍手がわき起こった。

「大げさだよ。」

松坂部長は少し恥ずかしそうに笑いながら、マイクを岩村課長に手渡した。

本当にいい部長だった。

まだまだここにいてほしい上司だった。残念だわ。本当に。

岩村課長の目がかすかにうるんでいるように見えた。

仲良しだったもんなぁ。松坂部長と岩村課長。仲良しっていう表現は適当じゃないけど、端から見ててもすごく信頼し合ってたように思う。

「次に、新しく人事部長に就任された河村部長よりご挨拶を頂きます。」

人事部メンバー達の空気が一瞬ピンと張り詰める。

かつてはバリバリの営業マン、たたき上げで役員まで上り詰めた。

役員でゆっくりしてりゃいいものを、どうしてまた人事部に降りてきたのか。

皆も、正直不審がってた。

私は、ショウヘイのことを知ってるだけにその就任に余計不安を隠せないんだけど。

「皆さん。人事部といえばこの会社の中枢機関です。一人一人が自覚を持って、この2万人の社員全員をとりまとめ、働きやすい環境を作るため、日々精進して下さい。僕は営業しかしりませんが、営業から見ても人事部にはもっと期待すべき点がたくさんある。無駄な仕事は全て排除し、本当に必要な職務を遂行できる人材、会社の頂点を極める人材を育てていきたい。そのためには君たちの積極的な意見や提案が不可欠だ。会議の際は、どんどん意見してくれ。意見しない人材は、厳しい言い方をすればここには必要ないとも言える。」

一層空気が緊迫した。

岩村課長は額の汗をハンカチで拭いていた。

ちらっとショウヘイの方を見る。

じっと、表情一つ変えないまま、河野部長を見つめていた。

松坂部長とはまるで真逆なタイプだ。

河野部長は確かに仕事はできるかもしれないけど、その言葉には、自分にとって必要としない社員達には容赦ないぞという圧迫感があった。

今までのゆるゆる穏やかな人事部の空気が一変するかもしれない。

「人事部のこれからは君たちにかかっている。これからは皆で協力して新制人事部として生まれ変わろう。」

新部長はそう締めくくった。