「こないだ連れていってくれたレトロな喫茶店。ほらホットケーキがおいしかったところ。あの喫茶店は彼に教えてもらったの?」

「うん。もちろん。」

トモエは膝の上に抱えたリュックの端の生地のほつれを指で遊びながら答えた。

「おいしかったね。ホットケーキ。」

「そうだよね。また一緒に食べに行こう。」

そう言うトモエの横顔を見ながら泣きそうになった。

トモエとは明日からしばらく会えなくなる。

華奢な体で、色んな思いを背負って僻地に向かう彼女はとても頼もしい存在でもあり、そして私の大事な親友。

涙をぐっと堪えた。

「今日はこのホテルに泊まるの?」

今のトモエの格好には不釣り合いな高級ホテルだけど。

「泊まらないわ。今日はやっぱり家に一度帰る。」

「そうね。このままご両親に納得してもらえないまま海外に行っちゃうのは私もどうかと思ってた。こっちに来る前、トモエには悪いけど、トモエのお母さんに今から会うって電話で伝えてあるの。」

「そう。」

「すごく心配してたよ。でも、きちんとトモエが話したらきっと理解してくれると思う。」

トモエは黙ってうつむいたまま頷いた。

「チサ。」

「ん?」

トモエはようやく顔を上げて私を見た。

「オーストリアの君のことだけど。」

おっと。ここで奴の話題が来るか。

トモエのくっきりとした一重の目をしっかりと見つめ返した。

「チサはチサのペースで、彼と一緒の時間を大事にして。焦ったり、変なこと勘ぐったりせずに、自然のままの彼を受け入れて、チサも自然にしていればいいと思う。そうすればきっといいようになるわ。」

「何?急に。」

「今一緒にいるんでしょ?どうしてだかは、敢えて聞かないけど、きっと一緒にいるべきだからそうなってるんだと思うの。その時間を大事に過ごして。」

「そうね。そうする。」

私はトモエに微笑んだ。

「絶対幸せになるって信じて。私もチサの幸せをどこにいたって信じてるから。」

「ありがとう。」

幸せになる、か。

自分のペースで。

「これ、私のPCアドレス。向こうにはパソコン持って行こうと思ってるから。また暇な時メールして。」

「わかった。絶対メールするよ。」

「チサ、今日は来てくれてありがとう。嬉しかった。元気でね。」

「うん、トモエも元気で。」

そして、チサは大きなリュックを背中に背負うと、手を振ってホテルを出ていった。

華奢で小さな背中が見えなくなるまで見送っていた。