「やっぱり大人だね、その彼。」

そう言うと、トモエははにかんで頷いた。

「彼と出会ってからはわずかの期間だったけど、本当に色んなこと教えてもらったような気がする。彼みたいにもマイペースな人間見たことないわ。」

「なにそれ。褒めてるの?」

思わず吹き出した。

「もちろん褒めてるわ。だってどんなに周りが焦ってたって、自分の道を歩いてるの。私が教師として悩んでたことを話したら、『それが?』なんて言って、『仕事やってて合わない人間、付き合いたくないくらいくだらないこと言ってくる人間なんていくらでもいる。僕が出会った人間100人中、そういう人間は8割はいたね。そういうもんなんだ。いちいちそういう奴らに構ってたら時間がいくらあったって足りないよ』ですって。」

トモエは言いながら楽しそうに笑った。

「彼に話してたら自分の悩みなんてばからしくなっちゃって。そのうち、本当にこのまま現状維持を選ぶのがベストなのかって考えたらやっぱり海外に出て自分の力を試してみようって気になっちゃったの。『人生は一度きりなんだぞ。やりたいって思ったが吉日だ』って彼が言ってくれてね。」

「海外にしばらく行っちゃうんだったら、彼とは?」

「別れたよ。」

トモエの笑顔が一瞬崩れた。

「そんな彼となら、遠距離でもなんとかなるんじゃない?」

「彼とのことも海外行く上ではすごく悩んだの。ひょっとしたら自分にとって一生を預けてもいいって思えるのは彼くらいしかいないのかもしれない、とか。ちょうど、チサと会った時、そのことで揺れまくってた。どうすればいいのか本当にわからなくて。彼のことは好きだったけど、今自分が結婚したいかって聞かれたら全くしたくなかった。それ以上に、海外で自分が誰かの役に立つことをしたいって思ったの。」

「そっか。」

トモエが彼以上に大事だと思えることを見つけて、その目標の後押ししたのも彼。

なんて皮肉なんだろう。

だけど、トモエの表情は決意に満ちていた。

今ここで私が迷わせるようなこと言っちゃいけないって思った。