「チサ。」

振り返ると、トモエが微笑んで立っていた。

トモエは、高級感のあるホテルには似つかわしくない、長袖Tシャツとジーパンという軽装だったので少し驚く。

「トモエ、心配したわよ。」

「こんな夜に呼び出してごめんね。どうしても今日伝えたいことがあって。」

トモエはそう言うと、私の手を引いて空いてるソファーに座った。

「お母さんからどこまで話聞いたかわからないけど、私明日、日本を発つわ。」

「ええっ!」

思いがけないトモエの言葉に思わず大きな声が出てしまった。

一瞬、近くに座っていたホテルのお客が私の方を迷惑そうな顔で見た。

「ご、ごめんなさい。」

慌てて自分の口を押さえて、周囲のお客にも頭を下げた。

「チサ、驚かせてごめんね。ずっとチサには話そうと思ってたんだけど、私自身なかなかその踏ん切りもつかなくて今日になっちゃった。」

「お母さんから聞いたけど、海外協力青年隊として行くの?」

「うん。実は退職してすぐにね、インターネットを何気に見てて募集してるのを見つけたの。あの時は心身共に打ちひしがれて、とにかく今の教員という仕事から逃れたくてね。誰にも相談せずに応募しちゃって。」

トモエは力なく笑った。

「で、結局合格しちゃった。自分の気持ちにまだ迷いがあったから一人で海外に旅に出たっていうのもあるの。一人で海外でやっていける力が自分にはあるのかどうかってね。」

「で、その一人旅で決意が固まったってこと?」

「うううん。本当ぎりぎりまで悩んでた。正直しっかり答えが出たのはここ1週間前。海外協力青年隊にも行くかどうかの返事は今日までにしなくちゃいけなかったんだ。母には全く言ってない上に、お見合いまでさせられてたから、最後まで言えなかったの。母の希望としては、早く結婚してほしかったんだろうけどね。」

「じゃあ、こないだ言ってた15歳上のお見合い相手さんにもきちんと報告したの?」

トモエは、うつむいて頷いた。そして静かに言った。

「悩んでる私の背中を押してくれたのが、彼だった。」