私が人事部フロアに入っていくと、一番にショウヘイと目が合った。

ショウヘイは軽く私に会釈をして、いつもと変わらないクールな顔でまた机上のパソコンに視線を向けた。

なんだか、変な感じだ。

昨日からショウヘイと同じ部屋に住みだしたっていう関係で、会社では素知らぬふり。

世の社内恋愛中の皆さんの苦労が、今はすごく共感できる。

まぁ、恋愛中っていうのは今の私達には語弊があるかもしれないけど。

「遅くなりました。」

岩村課長に挨拶をする。

「大丈夫か。」

「はい、すみません。今日はちょっと家の用事を急に母に頼まれたものですから。」

恋をすると嘘が少しだけ上手になる。

「今日は特に急ぎの仕事はないと思うが、また何か突発で入った時はよろしくな。」

課長は笑顔で私を見て頷いた。

岩村課長に頭を下げて自分の席に戻る。

すぐさま私の席にかけつけてきたのは、ミユキだった。

「チサ先輩!大丈夫ですかぁ?先輩が午後出勤なんて珍しいからびっくりしちゃいました。お家の用事はもう済みましたか?」

「うん、ありがとう。もう大丈夫よ。」

家の用事なんて、一番はぐらかしやすい理由だ。

家ってつくだけで、皆は色んな想像するけれど、個人的な内容だろうと敢えて深くは追究されない。

こちらも後ろめたくなくてありがたい。

実は、家の用事って言ってる人間こそまず怪しまないといけないんだろうけど。

「あれ?」

ミユキがそんな私の顔をまじまじとのぞき込んだ。

「何よ?」

「なんか、先輩、今日の顔いつもと違う。」

う。何々?何か感づかれるようなことになってる?

ふいに言われて顔が熱くなった。

「先輩の唇って・・・、そんなにぽてっとしてましたっけ?なんかいつもより腫れてるような。何か辛いものでも食べました?」

ミユキが真剣な顔をしてそんなこと言うもんだから、思わず吹き出す。

「大丈夫よ。何もないわ。」

唇が腫れてるとしたら、それは、きっと昨晩の・・・。

そっと自分の唇に手を当てた。

「でも、チサ先輩、今日はきれいです。じゃ、今日も午後からよろしくお願いします!」

ミユキは、そんな嬉しいことを言った後、すぐに自分の席に戻って行った。

えー。今日はきれい?

だって、恋する女だもの。

今日も、「ただいま」と帰った先にショウヘイがいるかと思うと、それだけで体中の柔らかい感情があふれ出すような気がした。