目を開けるとそこには見覚えのある白い無機質な天井が広がっていた。



いちにさんしい、ごーろくしちはーち…

にいにさんしい、ごーろくしちはーち…



野球部の野太いかけ声が耳に入って来た。




―――――えっ...




今、何時?





「あら、起きたのね」


養護の先生がカーテンを開け、顔を出した。


「あの…私いつからここに?」

「朝のホームルームの時に運び込まれて、それからずっと寝てるわよ」

「運び込まれたって…?」

「同じクラスのちょっと小さめの男子生徒がヘロヘロになって連れて来てくれたのよ。後でお礼言っておいてねー」


そう言うと先生は会議に行くと言って去って行った。


会議、か。


きっと、私のイジメのことだろう。


先生達は皆そう。


前もそうだったから私は最初からこうなることは予想していた。

但し、ヤツのお陰で早期発見だったことを除けば。

こちらからSOSを出さないと誰も動いてくれない。

生徒のためにとか、先生には何でも相談して良いとか言っているけれど、そんなのきれい事に過ぎない。

先生は何1つとして分かってくれていない。

  
だから私は誰も信じられないんだ。

学校という小さいようで影響力は大きい組織に縛られた人達が醜くて仕方がない。

薄っぺらの言葉を並べて生徒を誘導する教師、探り合いながら、言いたいことの1つも言えない友人関係。

囲われた空間に押し込められて人は生きているけれど、私にはそれがうっとうしい。




はあーーー




また変わる。

あの時と同じように…

私のせいでいろんな人達の生活が変わるんだ。








「あっ、晴香ちゃん!!」




―――――えっ…!?



びっくりして、私はポカンと口を開けながら、されるがままの体勢になる。

彼も勢い余っての行動だったらしく、狼狽して目をキョロキョロと泳がせていた。


「えっと…―――その~…」

「来てくれてありがとう。心配かけてごめんね」

「あっ…うん」


群青色のTシャツが今日も彼を引き立てている。

私は、ちょっぴり困らせてあげようと意地悪をしてみた。


「パーソナルスペースに不法侵入したから、通報しようかな?」

「いや…―――待って!それは困るよ!絶対にダメ!」


本気だと捉えたらしく、ますますおもしろくなってきた。

でもさすがにこれ以上彼を困らせるのも悪いなあと思ってフォローする。


「大丈夫。そんなことしないから」

「マジ?ホント、大丈夫?」

「大丈夫。言わないよ、絶対」


良かった~とこれまた見事なリアクション。

こちらが求めていることを彼は忠実に再現してくれる。


「ごめん、いろいろと…。でも、晴香ちゃんが無事で本当に良かった。俺、今日ずっと晴香ちゃん大丈夫かなって心配で…。英単語テストは0点になっちゃったし。…って、いっつも英単語は出来悪いんだけどね」




私のこと、考えてくれてたんだ…




私は彼の言葉を聞いて胸がいっぱいになった。

大好きな人からの聞きたかった言葉…
















私、嘘ついた。


友人関係がうっとうしいとか、嘘だ。


人は人と交わって生きて行くしかなく、そうすることで自分を見つめて、自分を少しずつ変えて生きてるんだ。


だから、私も自分の変化を認めてあげなくちゃならない。




私は…





もっと関くんと話したい。



もっともっと彼を知りたい。



もっともっともっと頼りたい。



笑ったり、泣いたり、時にはケンカしたりして、大切な“今”を、力強く、私らしく生きたい。











笑おう。



今、嬉しいし楽しいから笑おう!



「アハハハハ…、アハハ、アハハハハ…」

「どうしたの?」

「何でもない。笑いたいから笑っただけ」


私の意味不明な笑い声に誘われて、関くんも大口を開けて笑い出した。


アハハハハ…

アハハハハ…

ワハハハハハハハ…

ワハハハハハハハ…


保健室特有の薬品のニオイと私達の奇妙な笑い声が融合し、化学反応を起こす。

それは笑い泣きという化学反応だった。



今までの感情を全て吐き出すように笑いながら泣いた。


この先どうなるか分からないけれど、少しずつでいい。

自分を認めて、変えていくんだ。




秋の爽やかな風が吹き込んでくる。

校庭の周りの木々は葉を落とし、冬の準備を進めている。







午後4時28分33秒。


リスタートの秋は私の心を色付けた。