「そういえば、小学生の頃『洋介』って呼んだらイヤな顔されたよ」

「そりゃ、そうだろ。志織が小学生だと俺は男子高生だぞ」
呆れ顔で私を見た。

あはは。そうだね。女子小学生に呼び捨てにされる男子高生。
「今ならいいの?」

「呼んでみて」ふっと笑う。
私を試すような表情。

えーっと
「……」
「ほら、早く」
にやにやしてる。イジワルだ。

「……」
うーん、やっぱりハードルが高い。

「こっち見ないで」

「いや、無理。早く呼んで」

うつむく私の顔を覗き込むから本当に意地悪。
こうなったら……

私はがばっと顔を上げて洋兄ちゃんの首すじに両腕を回して抱き付いた。そして、ぴったりと耳元に唇を寄せて
「洋介」
と囁いて耳にチュッとキスをして離れた。

ドヤ顔で洋兄ちゃんを見ようとしたら、反対に羽交い締めにされてしまって顔が見られない。

「ダメだ、ごめん、志織。それナシで」
「やだ、ズルい。洋兄ちゃんの顔見せてよ」
「本当にごめん、悪かった。その『洋介』はナシにして」

私を自分の胸に抱きしめて離してくれない。
ちょっと苦しいよ-。

「洋ちゃん。苦しい」
『兄』を取ってみる。

すると、私を羽交い締めにしていた力が緩んだ。

はぁー。わざとらしく深呼吸してやる。
「洋ちゃん、死んじゃうから。あんまりぎゅーってしたら私死んじゃう」

「大丈夫。すぐ蘇生させる。心マも人工呼吸もすぐやるし。救急車呼んでAED使って挿管もする」
と笑った。

「いやいや、そもそも心臓マッサージしなくちゃいけないような事をしちゃダメだからね」
何を言ってるんだ、洋兄ちゃんは。

「とりあえず、人工呼吸しとくか」
そう言って、唇を寄せてきた。

今度は長くて甘くてとろけそうだ。
うんっ…ん、胸の奥からじわーっと温かいオレンジ色の綿菓子のようなものが身体の隅々に行き渡るようなイメージ。
洋兄ちゃんの顔や腕、身体が、私に触れている場所は温かいというより熱い。


「やっぱり志織のキスは甘いんだな」
長い長いキスの後、洋兄ちゃんはそう言った。

「違うよ。甘いのは洋兄ちゃん」

とたんに私は耳を甘噛みされた。
「志織、『兄ちゃん』はナシ」

「ん。洋ちゃん」
「よし。お利口さん」
よしよしと頭を撫でられた。
気持ちいいけど、子ども扱いされてる。
でも、まぁいいか。
『妹』じゃ無かったしね。