そっと、隣の部屋をのぞくと洋兄ちゃんがきちんと布団を敷いて寝ていた。

洋兄ちゃん、相変わらずキレイな顔してる。
お酒を飲んで寝ていても格好いいってズルい。

洋兄ちゃんの寝顔を見て寝息を聞いていたら、ふいに涙がこぼれ落ちた。

洋兄ちゃんは今日の昼には帰ってしまう。
今夜から私は1人だ。

「志織、どうした?」

ぐずぐずと鼻をすする音で洋兄ちゃんが目を覚ましてしまった。

「ご、ごめん。急に淋しくなっちゃって。でも、大丈夫だから。自分で決めたし、1年間がんばるから」

慌ててごしごしと目をこすった。

洋兄ちゃんは身体を起こした。

「ごめんなさい。起こしちゃったね。本当に大丈夫だから」
鼻をすすって目をこする私に『大丈夫』って言われても怪しすぎるだろうけど、私は1人でがんばらないと。

「志織」
うつむいた顔を上げると洋兄ちゃんが手招きをしていた。

ああ、ダメ。
今、洋兄ちゃんの側に行ってしまったら、1人でがんばれなくなっちゃう。
私はぶんぶんと首を横に振った。

「志織」

ダメ。そんな優しい声で呼ばないで。

「志織、いいんだ。大丈夫だからこっちにおいで」

涙が溢れる目で洋兄ちゃんをにらんだ。
「がんばれなくなっちゃうからダメ」

「志織、志織は今、俺に甘えたとしても、明日からも必ずがんばれるよ」

「がんばれないよ」
更に涙がこみ上げてくる。

「志織はどうして1人にこだわるの?どこにいても志織は1人ぼっちじゃないのに」
優しく問いかけてきた。

「ここには洋兄ちゃんがいない。久美さんもいないもん。私は甘ったれだから、1人で頑張って1人で歩いていけるようにならなきゃいけないの」

「どうして1人で歩いていきたいの?志織の人生から俺をはじき出すつもりなの?俺や姉さんはいらないの?」

途端に洋兄ちゃんは淋しそうな顔をした。

「違う!違う、違う!いらなくない!」

私は堪らず洋兄ちゃんに近づいて両手で洋兄ちゃんの手を握った。

「違う!ホントは離れたくないの。洋兄ちゃんの近くにいたいの。でも1年間1人で頑張ろうと思ったの。自分のこの先を考えなきゃ」

「志織」
いつも通りの優しい声で私の頭を撫で涙を拭ってくれる。

「志織は立派な大人の女性だよ。いつも1人で何事にも正面から立ち向かってさっさと進んでいく。俺の方がいつも置いてけぼりをくらうんだ」

「違うよ、そんなことない」

「志織、ちゃんと聞いて。
あの大学時代ミスキャンパスで、しかも優秀な成績で卒業して海外留学までした香取先生がどうして志織を相手にあんな事をしたと思う?」

私は顔を上げて洋兄ちゃんを見た。
今どうしてそんな話を?