あの日から私も彼の隣にいることを選んでしまった。
自分の気持ちに素直になってしまえば当然の選択だった。

イケメンドクターに近付いて女性同士の争いに巻き込まれるのはごめんだと思っていた。
ましてや玉の輿に乗るつもりもなかった。
どうせイケメンドクターなんて一般家庭に育ったナースの自分のことなんて純粋に愛してくれるはずがない。あちこちの女性と浮気して泣かされるだけだと思った。

実際に先輩ナースと付き合っているのに浮気を繰り返して別れた研修医やあちこちの病棟スタッフと浮き名を流し食い散らかして転勤していくドクター。同じ病院内に奥さんと愛人がいるドクターなんて人もいる。

だから、周布先生が私に近付いて来たときには徹底的に避けた。
彼はとても魅力的な人だったから遊び相手にはなりたくなかった。
親密になってしまった後に浮気を心配したり、浮気されて泣くのも嫌だった。
だったら、遠くからそっと見ているだけでよかった。

二重、三重に気持ちにロックをかけておいたのに、彼に侵入されてしまった。その上、心の真ん中に居すわっていた。

周布 岳 ……なんてひと。

気が付けば時間が許す限り一緒に過ごすようになっていた。

「職場じゃないんだから『先生』って呼ぶなよ」

「じゃ、何て呼べばいいの?」

「何とでも。『先生』以外なら返事するよ」

「何でもいいの?本当に?」

「いいよ」

「みんなから何て呼ばれてるの?」

「やっぱり『スー』が多いな。他は『タケル』とか『がく』も」

「そっかー。そうだよね。うーん。みんなと違うのがいいけど」

「悩んでもいいけど『先生』だけはなしな」

「わかってるよ」

うーん。
スー、スー。何も浮かばない。
タケル、ガク、岳、たけるー、たけ…るー、るー?るー!

「じゃ、たけるの『るー君』ね」
半分冗談で提案する。

「るー君?」
なんだそれって言いながら面白がってOKをもらった。

その日、彼の部屋で夕食を作り
「るー君ご飯できたよ」
と呼びかけたらとても嬉しそうな顔をしていた。

28才でるー君はイタくないか?と思ったけど、本人は喜んでくれているみたいだから、いいことにしよう。

「今までそんな可愛らしい呼ばれ方をされたことがない」らしい。そりゃあそうでしょ。
昔からキリッとしたイケメンで賢くて大人びていたんだろう。そんなナメたような呼び方ができる人はいかなかったんじゃなかろうか。