私はこの勤務明けの6時間後にまた半日程勤務につくことになっていた。

労働基準法がどうなっているかはわからないけど、とにかく今はスタッフが足りないんだから仕方ない。

この生活がずっと続くわけじゃないから、多少の無理はしても患者さんはそこに存在しているんだから頑張ろうと思う。

勤務後自宅に帰る木村さんと鈴木さんと別れて私は事務棟の宿直室に向かう。
サッとシャワーを浴びて仮眠をとるつもりだ。
3時間位でも眠れればいい。

仮眠室の暗い廊下をボーッとしながら歩いていると、急に声をかけられた。

「藤野さん」

「ああ、驚いた。先生、心臓に悪いですよ」

こんな深夜に暗い廊下で何してんですかと言いそうになるけど思いとどまる。

「先生も仮眠ですか?お疲れさまです」
ひと声かけて離れようとしたら、腕をひかれた。

「ちょっと待って」

はぁ?何なの?

「ここじゃ、話し声が響くからこっちに来て」

そのまま、書庫に引っ張られる。

「ちょっと、先生!」

腕は離されたがドアを閉められ抗議する。

「いや、仮眠をとってる人達に迷惑だから」

「私も迷惑なんですけど」

「ああ、ごめん。急に。でも、藤野さん僕のこと避けてるよね」

うっ。そうなんだけど、そうなんだけどね。これって本人にはい、そうです。避けてますって言ってもいいものかしら?

「ほら、言葉につまった」

顔はよく見えないけど、声は面白がるようなトーンだ。

書庫の中はなぜかブラインドが下ろされておらず、月明かりが煌々と照らされ目が慣れてくるとかなり明るい。
電灯をつけるのがはばかられる。いや、つけたら隣接する病棟からこちらが丸見えだ。
夜中にドクターとナースが二人きりで何をしているのかとあらぬ誤解を招きかねない。

「……何か私に用でしょうか」
冷たく返事をする。

「コーヒー美味しかったよ。ありがとう」

「そんな話なら別にここじゃなくても。病棟でお礼は言われましたし」

「いや、そうじゃなくて。ね、どうして僕のコーヒーの好みを知っているの?」

……ああ、そういうことね。

「若いナース達が騒いでいましたから。昼間はブラック。夜は砂糖をほんの少しって」

イケメンドクターはにっこりとした。

「藤野さんが僕の好みを知っているのが驚きだったんだ。僕は何故か嫌われているようだしね」

「そういうわけではありませんけど」

「そう、その口調も。石田先生や横山先生にはフレンドリーなのにね」