「ぶちょー、お手洗い行ってきまーす」

新卒ナースがお酌に来たタイミングでトイレに立つ。
ついでに早川のところで水を飲んでから席に戻ろうと考えていたら、廊下で誰かとぶつかってしまった。

ぶっ!鼻を強打した。
「ごめんなさい!」

「いや、こちらこそ……って、何だ藤野か」

「あ、何だ。横山先生か」

でかい何かにぶつかったと思ったら横山先生だった。

「藤野、お前さ、相変わらず杉山部長係なわけ?」

「あー、まーそうね」

「断わりゃいいじゃん」

「いいのよ、別に。話は面白いし高いお酒も特別注文してくれるし」

「いいのかよ」

狭い廊下で話していたら通る人の邪魔になっていたから、2人で廊下の角に寄る。

「それより、ぶつかった拍子に先生のワイシャツに私のファンデーションが付いちゃった」

「えー、マジかよ。どこ?」

「胸っていうか、先生デカいから胸とお腹の間」
横山先生のワイシャツの胸の下辺りを指差す。

「うわっ、付いてる」

「『健ちゃん』ごめんねー」

直子の真似をして横山先生を『健ちゃん』と呼んでからかう。

「お前、俺が誤解されないように、あいつに連絡しとけよ」

「うーん、気が向いたらね~。これって口止め?あれ?何て言うんだっけ?私またフカヒレでいいけど?」
イヒヒとからかっていると、また後ろから声がした。

「お二人はずいぶん仲良しなんですね」

で、出た-!
イケメンドクター。

「いえ、そういうわけでは」

酔いがスーッと引いていく気がする。

「あ、でも仲良しではないわけでは無いですかね、横山先生」

私は横山先生を見る。
先日の石田先生のように「付き合っているか」と聞かれたら「有り得ない」けど、「仲良しか」と聞かれたら??
「仲が悪い」ワケでは無い。

それに別にイケメンドクターにわざわざ直子の存在の説明も面倒くさい。

「ま、確かに仲良しかそうでないかと聞かれると、仲良しってことになるのか?」

横山先生も苦笑している。

「いや、今俺は藤野から脅迫めいたたかりをされていたから、やっぱり仲良しではないのかも……」

横山先生もいきなり横から入ってきたイケメンドクターに私達の関係を正確に説明する気はなさそうだ。少し笑みがこぼれる。

イケメンドクターは気分を害したのか、眉間にしわをよせる。

「そんなに親しい関係なら、藤野さんを杉山部長のホステスとして進呈するような真似を止めるべきではないんですか?」

予想外の発言にあ然としてしまった。

ん?今なんて?

「心臓外科の俺に循環器内科のことに文句をつけろって?」

横山先生もムッとしている。
これ以上はマズい。

「あの!横山先生と私のお酌とは何の関係もありませんから。そういう言い方はやめて下さい」

横山先生とイケメンドクターの間に身体を挟んで言わせてもらう。

「でも、私がホステスならあなたも同じようなものじゃないですか?」