木村さんのご主人は木村一生さんという有名なピアニストだ。
世界的なピアノコンクールで賞を取ったこと、イケメンであること、かなり人気があってコンサートのチケットはなかなか手に入らないらしいって程度しか知らなかったけど、まさか自分の先輩の旦那様だったとは。
追加で知ったのは、2人が同じ年の幼なじみだっていうことと、一生さんが高校卒業と同時に海外に音楽留学してしまい離れた事をきっかけに愛が深まり、留学中に結婚したという事。これも単身赴任っていうのかな?一生さんは海外で木村さんは大学の看護学部でお互いがんばり、同居できるようになったのは結婚から5年後だったんだとか。
コンサート前に楽屋に呼ばれて挨拶をさせてもらった。
木村さんはかなりお腹が目立つようになっていた。
旦那様は木村さんにひざ掛けをかけたり温かい飲み物を渡したり演奏前だというのに、せっせとお世話をしていた。
噂通りの愛妻家らしい。
「今日はお招きありがとうございます」
洋ちゃんと並んで挨拶すると一生さんが
「やぁ、あなたが藤野さんか。あなたの話は妻からよく聞いていたよ。やっと会えたね」
そう言って笑顔で握手した。
「その節はいつも旦那さまのお留守にお邪魔させていだだいて申し訳ありませんでした」
あの頃、旦那さまが海外公演や地方公演で留守中に、酔った私が木村さんのお宅に泊めてもらったり、酔った木村さんを私が送ってそのまま泊まったりって事が何度かあったのだ。
「いやいや、こちらこそ。妻がいろいろ迷惑をかけたみたいだね」
そう言って何やら意味深な視線を洋ちゃんに向ける。
ん?何だろう。
私たちにポットの温かいお茶をすすめながら、更に穏やかに話し掛けてくれる。
短めのサラサラした黒髪を片側に流して、明るめの瞳をしているスッキリとした印象のイケメンだ。
そりゃ、マスコミだって放っておかないでしょ。
「今日は大変かもしれませんが楽しんでいって下さいね」
思い切り笑顔で私に言った。
え?大変?
確かに木村さんに内緒で旦那さまから事前に花束贈呈の役をお願いされていたんだけど、そんなに大変って程では。でも、一部のマスコミのカメラも入っているから多少は緊張するかな。
「はい」
花束贈呈は奥さんの木村さんには秘密なんだよね?と思って曖昧な笑顔で返事をしたら、なぜか木村さんがにやにやしていた。
「木村さんは緊張してないんですか?」
「あら、アタシはちょっとだけ舞台に上がって一緒に頭を下げるだけだから、緊張なんてしないわよ」
そんなこと全然たいしたことじゃないって態度だ。すごい、尊敬しちゃう。木村さん、その度胸さすがです。
私が唖然としていたら一生さんが笑っていた。
「この人、昔からこうだったから」
はぁ、そうなんですね。
木村さんらしくて私もふふっと笑った。