「星那はまた自分の気持ちにフタをして抱え込むの?それが星那にとっての幸せ?」


「そ、れは……」


そんなはずないよね。みんな、星那を受け止めてくれる人ばかりだよ。


素直になっていいこと、もう星那もわかっているんだよね?



「迅に諦めてほしくて悠大に頼んだの。『私にキスして』って。……最低だよね」


……ねぇ、それって。どういう意味か、と尋ねる前に彼女は言葉を続ける。



「他に方法なんてなかった……!そうでもしないと、迅は幸せにっ、なれない、から……っ」


好きになってごめんね。


笑ってありがとうって言ってよ。


寂しくなるから泣かないでよ。


最後に笑顔を見せてよ。

「俺はどんな形でも星那と一緒にいたいよ」


たとえ心が通じ合っていなくても、きっと報われると信じていた。


どんなに苦しくてもいつか星那の心に触れられると思っていた。でも、別れは突然にやってきたんだ。



「だから、また俺と付き合ってくれますか?」


振られることなんて慣れている。星那が少しでも気にしてくれるなら、どんな結果になっても構わない。


でも俺は星那がいい。離れることなんてできないんだ。



「わた、し……ずっと、ずっと迅のことが好きだった……っ!」


────あ、ダメだ。


そう思ったときには手遅れで、すでに俺の顔は涙でいっぱいだった。



「やっと……やっと星那からの好きが聞けた……っ」


今まで星那から1度も聞いたことがなかったこの言葉。やっと聞くことができたんだ。


望んでいた言葉が、星那の心が、ようやく手に入ったんだ。

「私と付き合っても迅は幸せになれないと思っていたの」


────それでも私はやっぱり迅がいい。


晴れやかな顔で星那はそう言ってくれた。



どんなに拒絶されても、もう前みたいには戻れなくても、それでも俺は何度だって好きって言い続けるつもりだった。


俺達は何も知らなかったんだね。


ただお互いを想っていただけなのに、相手の幸せを願っていたはずなのに。こんなにも遠回りをしてしまった。



「迅の勇気とまっすぐな心に、何回も救われたんだよ」


俺はそんなに褒められるようなことをしたわけじゃない。自分の思うままに行動しただけ。



「それは、星那が転んでも立ち上がろうと頑張ったからだよ」


俺達が今こうして笑い合っているのは奇跡に近いことなのかもしれない。


星那は江崎くんのことが好きで、俺の恋は叶わない。ずっとそう思っていた。

鋭い指摘をしながらも親身に相談にのってくれた渚。


誰よりも近くで見守ってくれていた橋本さん。


俺のことを好きになってくれて、背中を押してくれた小谷さん。


どんなことにも正面からぶつかる矢代さん。


俺の最強のライバル、江崎くん。



みんなの力があったから、俺はまた星那と向き合うことができたんだ。


「……みんなのこと、大好きだな」


空を見上げてポツリとそう呟いた俺を見ながら、星那は桜のように微笑んだ。





誰といても、どこにいても。いつだって考えてしまうのは君のことなんだ。


ねぇ、好きだよ。大好きだよ。


この気持ちを隠しておくなんてもう無理なんだ。



後悔しても、泣いても、明日は必ずやってくる。


また立ち上がることができればきっと笑えるから。


ふたりで手を繋ごう。そしてまた新しい明日へ。





春。あたたかい太陽の光が差し込む朝、小鳥のさえずりで目が覚める。


少し着古した制服もあと1年着なければならない。でも俺はこの汚れたままの制服で十分だよ。


だってこの制服には、俺の高校2年間分の思い出が詰まっているから。



3年生に進級する今日からまた新しい思い出が増えていく。


辛い日々を乗り越えたからこそ見える眩しい世界がきっと広がっているはずだよね。



「お兄ちゃん、おはよっ」


いきなりドアが開いたかと思うと部屋に入ってきたのは杏。


「朝ご飯だって!ママはリビングにいるよー」


嬉しそうに笑顔で教えてくれた。


母さんに「おはよう」と言えること。毎日顔が見られること。当たり前かもしれない日常が、杏にとっての幸せなんだよね。

リビングへ杏と一緒に行くと、朝ご飯を食べようとする母さんがいた。


「母さん、おはよう」


挨拶をして食卓の席に着くと美味しそうな料理が目に入る。


前は冷めたご飯がラップに包まれて置いてあるだけだったのに、今はみんなで食卓を囲んで食べている。


新学期は朝から心があたたまるようなことばかり。今年は穏やかに過ごせそうだな。



「……迅、もう大丈夫なのね」


「え?」


朝ご飯も食べて学校へ行く準備も済ませて玄関へ向かおうとすると、母さんの呟きが聞こえてきて振り返る。


安堵の表情を見せてホッとしている様子に首を傾げた。



「2年生になったくらいかしら。ずっと元気がなかったでしょう?」


2年生になったばかりの頃。星那と別れて傷心中だった俺は、家でも学校でも空回りしていたに違いない。


母さん、気づいていたんだね。


俺の気持ちなんて誰も知らないと思っていたのに、こんなに近くに俺を見てくれている人がいたんだ。

「でも、今は元気そうで安心したわ」


そう言って笑う母さんに心から感謝の気持ちが溢れた。


俺のことをこんなに大切に思ってくれていた。見ていないと思っていても気づいていたんだ。



「母さん、ありがとう。行ってきます」


「行ってらっしゃい」


自分の心のままに言うと、優しそうな声と微笑みが返ってきた。


「行ってらっしゃーい!」と杏の元気な声も聞こえてきて、俺は新しい道のりへ歩き出した。



◇◆◇




桜が舞う登校中の道。1年前も2年前もこの道で立ち止まっていたよね。


でも、今日が1番晴れやかな気持ちで見られている気がする。



「桜ってやっぱり綺麗だよね」


だって、隣にはそう言って笑いかけてくれる星那がいるから。



どんなに辛いことがあっても、必死に笑って生きている人がいる。


大切な人を幸せにしようと、気持ちを押し殺している人がいる。


どんなに泣きたくても、本音を見せずに強がる人がいる。


俺はそんな人を支えられたかな。そんな人の─────星那の力になれたかな。

「星那と見られて良かった!」


また星那とこの桜の木を見られるなんて思わなかった。


初めて出会ったのもこの桜の木。別れてから気持ちを再確認したのもこの桜の木。


そして今誰よりも愛しい星那が隣にいる。



「私もだよ」


そう言って彼女はまたフワリと微笑む。


────あぁ、好きだな。そんな気持ちが広がる。




何もわかっていなかったかもしれない。力になんてなれなかったかもしれないけど。


星那に恋をして全力だった日々。誰かのために走り続けた毎日。俺はきっと忘れないだろう。


そして、それはこれからもずっと続いていく。



俺達なら “ 大丈夫 ” だよ。不確かで信用なんてできない言葉かもしれないけど、俺のこの気持ちは嘘じゃない。