「ずっと好きだった。他の人と付き合っても星那を忘れることなんてできなかったんだよ」
この気持ちだけは本物なんだ。星那にどう思われていたって俺の気持ちは変わらない。
初めて会ったときから星那のことがずっと……。
「どうして?迅は、小谷さんと……」
「小谷さんじゃない。星那が好きなんだ」
不思議だな。
ここへ向かう途中は「好き」と伝えるタイミングを探していたのに、いざ星那を前にすると考えずに言葉が出てくるなんて。
「……迅は優しいから自分の気持ちを抑えているだけだよ」
そう言って星那を抱きしめていた俺の体は押し返された。
違う。違うよ、星那。そんなはずがない。俺はこんなにも君が好きなんだ。
誰かのためなんかじゃない。自分のために今ここにいる。
「私のために戻ってきたりなんてしないでっ……」
星那は苦しそうに言葉を吐き出す。そんな表情を俺は今まで何度見てきたんだろう。
ずっと隠していたんだよね?弱さを見せたくなくて。心配をかけたくなくて。
自分の気持ちを抑えて、ひとりで佇んでいたのは星那だよね……?
「違う!俺が星那と一緒にいたいからここにいるんだ」
伝えたい。伝わってほしい。俺がこんなにも星那のことを愛しているってことを。
「迅……っ」
切なげな声とともにまた触れたぬくもり。俺の胸に体を預けて彼女は泣いている。
久しぶりに見た彼女の涙。やっぱり綺麗に見えてどうしようもなく愛しく思える。
ずっとこうしたかったんだよ。ひとりで抱え込まずに話してほしかった。
でも、ひとつだけ。本当にわからないことがあるんだ。
「宿泊学習のときの江崎くんとのキスはなんだったの?」
その言葉に彼女の体がビクッと飛び上がったことに気づいた。
やっぱり何かあるんだ。あのときの江崎くんの挑戦的な笑み。見せつけるようなふたりの姿。
まるで……俺が見ていることを知っていたかのように堂々としていた。
「……知らなくていいよ」
そう言って彼女は曖昧に微笑む。
星那は強い。きっと俺の何倍も強い心をもっているだろう。でも、誰よりも弱くて儚いってことを俺は知っている。
「星那はまた自分の気持ちにフタをして抱え込むの?それが星那にとっての幸せ?」
「そ、れは……」
そんなはずないよね。みんな、星那を受け止めてくれる人ばかりだよ。
素直になっていいこと、もう星那もわかっているんだよね?
「迅に諦めてほしくて悠大に頼んだの。『私にキスして』って。……最低だよね」
……ねぇ、それって。どういう意味か、と尋ねる前に彼女は言葉を続ける。
「他に方法なんてなかった……!そうでもしないと、迅は幸せにっ、なれない、から……っ」
好きになってごめんね。
笑ってありがとうって言ってよ。
寂しくなるから泣かないでよ。
最後に笑顔を見せてよ。
「俺はどんな形でも星那と一緒にいたいよ」
たとえ心が通じ合っていなくても、きっと報われると信じていた。
どんなに苦しくてもいつか星那の心に触れられると思っていた。でも、別れは突然にやってきたんだ。
「だから、また俺と付き合ってくれますか?」
振られることなんて慣れている。星那が少しでも気にしてくれるなら、どんな結果になっても構わない。
でも俺は星那がいい。離れることなんてできないんだ。
「わた、し……ずっと、ずっと迅のことが好きだった……っ!」
────あ、ダメだ。
そう思ったときには手遅れで、すでに俺の顔は涙でいっぱいだった。
「やっと……やっと星那からの好きが聞けた……っ」
今まで星那から1度も聞いたことがなかったこの言葉。やっと聞くことができたんだ。
望んでいた言葉が、星那の心が、ようやく手に入ったんだ。
「私と付き合っても迅は幸せになれないと思っていたの」
────それでも私はやっぱり迅がいい。
晴れやかな顔で星那はそう言ってくれた。
どんなに拒絶されても、もう前みたいには戻れなくても、それでも俺は何度だって好きって言い続けるつもりだった。
俺達は何も知らなかったんだね。
ただお互いを想っていただけなのに、相手の幸せを願っていたはずなのに。こんなにも遠回りをしてしまった。
「迅の勇気とまっすぐな心に、何回も救われたんだよ」
俺はそんなに褒められるようなことをしたわけじゃない。自分の思うままに行動しただけ。
「それは、星那が転んでも立ち上がろうと頑張ったからだよ」
俺達が今こうして笑い合っているのは奇跡に近いことなのかもしれない。
星那は江崎くんのことが好きで、俺の恋は叶わない。ずっとそう思っていた。
鋭い指摘をしながらも親身に相談にのってくれた渚。
誰よりも近くで見守ってくれていた橋本さん。
俺のことを好きになってくれて、背中を押してくれた小谷さん。
どんなことにも正面からぶつかる矢代さん。
俺の最強のライバル、江崎くん。
みんなの力があったから、俺はまた星那と向き合うことができたんだ。
「……みんなのこと、大好きだな」
空を見上げてポツリとそう呟いた俺を見ながら、星那は桜のように微笑んだ。
誰といても、どこにいても。いつだって考えてしまうのは君のことなんだ。
ねぇ、好きだよ。大好きだよ。
この気持ちを隠しておくなんてもう無理なんだ。
後悔しても、泣いても、明日は必ずやってくる。
また立ち上がることができればきっと笑えるから。
ふたりで手を繋ごう。そしてまた新しい明日へ。
春。あたたかい太陽の光が差し込む朝、小鳥のさえずりで目が覚める。
少し着古した制服もあと1年着なければならない。でも俺はこの汚れたままの制服で十分だよ。
だってこの制服には、俺の高校2年間分の思い出が詰まっているから。
3年生に進級する今日からまた新しい思い出が増えていく。
辛い日々を乗り越えたからこそ見える眩しい世界がきっと広がっているはずだよね。
「お兄ちゃん、おはよっ」
いきなりドアが開いたかと思うと部屋に入ってきたのは杏。
「朝ご飯だって!ママはリビングにいるよー」
嬉しそうに笑顔で教えてくれた。
母さんに「おはよう」と言えること。毎日顔が見られること。当たり前かもしれない日常が、杏にとっての幸せなんだよね。
リビングへ杏と一緒に行くと、朝ご飯を食べようとする母さんがいた。
「母さん、おはよう」
挨拶をして食卓の席に着くと美味しそうな料理が目に入る。
前は冷めたご飯がラップに包まれて置いてあるだけだったのに、今はみんなで食卓を囲んで食べている。
新学期は朝から心があたたまるようなことばかり。今年は穏やかに過ごせそうだな。
「……迅、もう大丈夫なのね」
「え?」
朝ご飯も食べて学校へ行く準備も済ませて玄関へ向かおうとすると、母さんの呟きが聞こえてきて振り返る。
安堵の表情を見せてホッとしている様子に首を傾げた。
「2年生になったくらいかしら。ずっと元気がなかったでしょう?」
2年生になったばかりの頃。星那と別れて傷心中だった俺は、家でも学校でも空回りしていたに違いない。
母さん、気づいていたんだね。
俺の気持ちなんて誰も知らないと思っていたのに、こんなに近くに俺を見てくれている人がいたんだ。