「はぁっ、はぁ……」
小谷さんと話してから江崎くんに声をかけられて、俺は星那が玄関にいることを知った。
ふたりはやっぱり一緒に帰っているらしい。それを江崎くんから聞いたのが悔しいけど、もう俺の中に迷いはない。
「星那!」
ひとりで佇んでいる小さな後ろ姿。それが目に入った瞬間、急いで駆け寄る。
振り返った星那は……困惑したような顔をしていた。それでももう後悔したくないんだよ。
「星那のクリスマスを俺にくれませんかっ」
こんなに緊張したのはいつぶりだろう。その言葉を言い切るまでに、どれだけ臆病になったかわからない。
「どうして?」
最初に発されたのはその言葉だった。
そんなこと、ずっと前から決まっている。俺の中の答えは変わらないままなんだから。
「星那に伝えたいことがあるんだ」
もう逃げない。逃げたくない、絶対に。どんなに目を逸らされても俺はずっと星那のことだけをまっすぐに見つめる。
「……うん、わかったよ」
表情までは見ることができなかったけど、確かに星那は了承してくれた。
俺の気持ちに負けたのかはわからないけど、向き合うチャンスをくれたことは確かなんだ。
「学校が終わったら星那の家に迎えに行くからっ……!楽しみに待っていてよ」
懐かしいな、この胸の高鳴り。初めて経験してからもう1年も経つんだ。
星那に出会ってからもうこんなにも月日が過ぎたけど、俺の気持ちだけは変わっていない。
そう、今だって変わらず、いや……前よりずっと星那のことが好きなんだ。
◇◆◇
約1ヶ月後のクリスマスは思ったより早くやってきた。
今年は終業式の日にクリスマスだからか、学校は朝から楽しそうなムードに包まれている。
そんな中ひとりだけ悶々と考えごとをしているのは……きっと俺だけだろう。
「迅、何してんだよ」
「渚……おはよう」
本当はおはようなんてそんなに心地いい挨拶をする気にはなれない。
だって今日は久しぶりに星那とふたりだけで会うんだから、緊張しないはずがないだろう。
「今日だよな」
「うん」
短い会話。きっと俺に気をつかって深くは聞かないようにしてくれているんだ。
「……頑張れ」
渚は人の心を読むのが得意だけど、口下手で不器用。でも、一緒にいることが心地いい。
「広瀬くーん!」
「橋本さん?」
どこからか俺の名前を連呼する声が聞こえてきてそちらを向くと、そこには得意気に笑う橋本さんの姿があった。
「あっ、園田くんも!」
渚のことを、いかにもついでのように言ったのが気に入らなかったんだろうか。
「……んだよ、うるさい」
少し不機嫌そうに適当に彼女をあしらう渚。でもその頬は緩んでいる。
彼女も、最初に呼んでいたのは俺の名前だったのに、今は渚にばかり視線が向いている。
彼氏と彼女、というよりも漫才コンビのようなふたりだけど、付き合ってからも仲がいい。
気をつかったりせずストレートな言葉で伝え合えるなんて羨ましいよ。
渚にも橋本さんにも、星那にクリスマスの予約をした次の日に全てを話した。
小谷さんと別れたこと。江崎くんと話したこと。そして、やっぱり星那が好きなこと。
話し終えると、ふたりは最初から知っていたように優しく頷いてくれた。
『よく頑張ったな』『やっと素直になったのね』って。
今日はいよいよ決行の日。いつまでもウジウジと過去を引きずっているわけにはいかない。
「俺、頑張るよ。星那はまだ江崎くんのことが好きなのかもしれないけど……」
「広瀬くん、自信もってよ」
俺が弱気なことを言いかけると、橋本さんはそれを止めるかのように言葉を重ねる。
「悠大くんのことは気にしなくていいの!広瀬くんは広瀬くんでしょ?」
星那は俺と出会うずっと前から江崎くんのことを想っていた。
だから、俺が思っているよりも彼への好きの気持ちは大きいのかもしれない。
でも、俺の方が星那を好きな自信がある。これだけは胸を張って言えるよ。
「……そう、だよね。橋本さんと話していたら元気がでたよ」
「でしょー?あたし、人を元気づける天才だから」
そう言っておどける橋本さん。それを見て渚は吹き出し、俺と彼女は顔を見合わせて笑った。
なんだかんだで、1年生のときから彼女には何回も救われてきた。
江崎くんと資料室で話したときも、星那を好きだと打ち明けたときも、付き合ってからも、別れてからも。
クラスが離れたってずっと俺達の心配をして近くで応援してくれていた。
気が強くて少し頑固なところもあるけど、優しくて渚のことが大好きで、友達のためならなんだってできる……そんな人。
彼女がいなかったら、俺は今でも星那に近づけないままだったかもしれない。
ましてやデートに誘うなんて夢のまた夢だったに違いない。
だから。
「橋本さん、ありがとう」
星那の親友が橋本さんで本当に良かった。出会ったのが橋本さんで本当に良かった。心からそう思うよ。
「……おい」
わかっているよ、渚。俺が今日まで笑って過ごせたのは渚のおかげ。
高校でできた初めての友達。無愛想でクールだけど、いつだって俺のことを考えてくれていて誰よりも頼りになる。
「俺、渚のこと……大好きだよ」
ありがとう、ごめんね、そんな言葉だけじゃ言い表せない。それくらい渚には心配も迷惑もかけてしまっている。
「……そこは、ありがとうじゃないのかよ」
そう突っ込む声が聞こえてきたけど、そんな次元じゃない。
渚がいたから俺は今こんなに晴れやかに笑えるんだ。
────朝の時間は3人で笑っているだけで幸せを感じた。
昼休み。俺は渚と小谷さんと矢代さんの4人でお昼ご飯を食べている。
小谷さんと俺が別れた次の日、矢代さんは彼女から話を聞いたらしく登校するとまず頬を叩かれた。
『最っ低……!』
『千佳を振るなんて後悔しても知らないから!』
そう言った矢代さんの顔を俺はきっと忘れないだろう。それくらい印象的で、友達思いだと改めて感じた。
それから数日は小谷さんとも矢代さんとも別行動。いつも一緒にいた4人は俺のせいで分離してしまった。
でも、やっぱりこのままの関係なんて嫌だ。そう思った俺は思い切った行動に出た。
『俺が悪いってわかっているし、許してもらえるなんて思っていない。でもふたりは大切な友達なんだ』
『俺からも、ごめん』
渚も俺と一緒に頭を下げてくれて、小谷さんも矢代さんも困惑した表情を浮かべる。
振ったのに一緒にいたいなんて、矛盾していることを言っている自覚はある。
小谷さんにとって辛い選択を迫っていることもわかっている。
それでも、俺は。
『ふたりと一緒にいたい』
諦めずに俺の気持ちを一方的に伝えると矢代さんは声をあげる。
『それは、広瀬くんの勝手な都合でしょ』
……そうだよ、わかっている。俺がふたりを苦しませていることも。
でも、これ以上大切なものを失いたくないんだよ。
小谷さんを手放した俺が言う資格はないと思うけど、それでも。
『俺は諦めな……』
『広瀬くんのこと、まだ好きでいてもいい?』
俺は諦めないよ、と言いかけると、小谷さんが真剣な顔で俺を見てそう言った。
言われている意味はわかっている。それを縛る権利は俺にないし、好きって気持ちは誰にも止められない。
そのことを俺は誰よりも知っているから。