『……これで良かったの』


言い聞かせるように呟いた星那を見て、やっと全てが繋がったような気がした。


星那はまた自分の身を犠牲にしてまで誰かの背中を押すのか?なぁ、そんなの違うだろ?


お前の本当の気持ちはどこにあるんだよ。



声に出したい思いをグッと胸の中に閉じ込める。


星那がそうなってしまった原因は俺だ。そんな俺には何も言う資格はない。



『迅のことが好きだから。大好きだから、幸せになってほしいんだ』


その言葉を聞いて星那を心から愛しく感じた。



『なぁ、俺と付き合わねぇ?』


そして気がつけばそう口にしていた。


後からすぐに誤魔化したけど、きっと星那は気づいたんだろう。俺が本当に星那のことを好きだってこと。

『伝え、たかった……っ』


『大好き、だったのにっ……』


苦しそうにそう言う星那にまた胸が痛む。星那も自分の決断に後悔しているんだ。



俺と付き合っているときは弱さなんて見せなかった。別れるとき以外泣いたところなんて見たことがなかった。


そんな星那が泣いている。広瀬のことを想って泣いているんだ。


今更俺の気持ちを伝えたって手遅れだってことくらいわかっていた。


自分から手放したのにヨリを戻したいなんて都合が良すぎる。



でも……。


『……俺だって好きなんだよ』


聞こえないくらいの声で呟く。


失って気づいたんだ。星那の大切さに。そのぬくもりがそばにあるだけで幸せだったことに。


でももう戻ってこない。星那の好きな人は俺じゃなくて広瀬だから。



それなら俺は精一杯応援しよう。俺らしくもないけど、好きな人には幸せになってほしいから。


今では、俺と星那は一緒に登下校をする仲にまでなった。


付き合っていると誤解されることもあったけど、星那は『私は別に構わないよ』と言ってくれた。


好きな人がいるくせに変なところで気をつかうんだ。




少し思い出に浸っていたけど、そろそろ星那の待つ玄関へ向かおう。そう思っていたときだった。


「広瀬?」


「え、ざきくん……」


静まり返っていたはずの校内に俺以外の足音が聞こえた。



そこにいたのは息を切らした広瀬だった。


汗をかきながら、何かを……誰かを探すように走っていたらしい。



「何してんの、こんなところで」


冷たく抑揚のない口調で尋ねる。すると、広瀬は息を落ち着かせながら。


「星那がどこにいるか、知らない……?」


まっすぐに俺の目を見てそう言う。


その目には覚悟と勇気が宿っているように見えて、なぜだか俺は……嬉しくなった。

「星那に会って何するつもり?」


「告白……っていうか、クリスマスの予約をしようと思って」


告白?クリスマスの予約?


それって……やっと星那に気持ちを伝えるんだな。これで星那は幸せになれるんだな。



「星那は………玄関にいる」


教えるか教えないか一瞬迷った。最後の反抗として足掻こうとも思った。


でも、俺だって昔のまま立ち止まっていたわけじゃないんだ。


いろいろな世界を見てきた答え。それが、星那と広瀬の背中を押すことだ。



「ありがとう。でも、どうして江崎くんがそれを……」


「知らねーの?俺達、一緒に帰っているからな」


広瀬の言葉を遮り意地悪にそう答える。



たとえ俺と星那が恋人じゃなくても、“ 幼馴染み ” という関係は変わらない。


それなら俺は─────。

「なぁ、広瀬」


少し気まずい雰囲気の中、渇いた口を開く。俺の中にもう迷いはなかった。



「星那のこと、幸せにしてくれ」


「……うん、わかっているよ」


それだけ言うと広瀬は俺に背を向けてどんどん遠ざかっていく。


きっとまっすぐに星那のもとへ走っていくんだろうな。



「はぁ……」


俺、なんてことをしたんだろう。結局広瀬の背中を押すようなことをしてしまった。


星那にあんなに想われている広瀬が本当に羨ましい。


でも……これで良かったんだ。きっとそう思える日がくる。



なぁ、広瀬。星那のこと頼んだぞ。俺ができなかった分まで幸せにしてやってくれ。


俺は大丈夫。だって、星那との思い出はしっかり胸に刻まれているから─────。





「はぁっ、はぁ……」


小谷さんと話してから江崎くんに声をかけられて、俺は星那が玄関にいることを知った。


ふたりはやっぱり一緒に帰っているらしい。それを江崎くんから聞いたのが悔しいけど、もう俺の中に迷いはない。




「星那!」


ひとりで佇んでいる小さな後ろ姿。それが目に入った瞬間、急いで駆け寄る。


振り返った星那は……困惑したような顔をしていた。それでももう後悔したくないんだよ。



「星那のクリスマスを俺にくれませんかっ」


こんなに緊張したのはいつぶりだろう。その言葉を言い切るまでに、どれだけ臆病になったかわからない。

「どうして?」


最初に発されたのはその言葉だった。


そんなこと、ずっと前から決まっている。俺の中の答えは変わらないままなんだから。



「星那に伝えたいことがあるんだ」


もう逃げない。逃げたくない、絶対に。どんなに目を逸らされても俺はずっと星那のことだけをまっすぐに見つめる。


「……うん、わかったよ」


表情までは見ることができなかったけど、確かに星那は了承してくれた。


俺の気持ちに負けたのかはわからないけど、向き合うチャンスをくれたことは確かなんだ。



「学校が終わったら星那の家に迎えに行くからっ……!楽しみに待っていてよ」


懐かしいな、この胸の高鳴り。初めて経験してからもう1年も経つんだ。


星那に出会ってからもうこんなにも月日が過ぎたけど、俺の気持ちだけは変わっていない。


そう、今だって変わらず、いや……前よりずっと星那のことが好きなんだ。


◇◆◇



約1ヶ月後のクリスマスは思ったより早くやってきた。


今年は終業式の日にクリスマスだからか、学校は朝から楽しそうなムードに包まれている。


そんな中ひとりだけ悶々と考えごとをしているのは……きっと俺だけだろう。



「迅、何してんだよ」


「渚……おはよう」


本当はおはようなんてそんなに心地いい挨拶をする気にはなれない。


だって今日は久しぶりに星那とふたりだけで会うんだから、緊張しないはずがないだろう。



「今日だよな」


「うん」


短い会話。きっと俺に気をつかって深くは聞かないようにしてくれているんだ。


「……頑張れ」


渚は人の心を読むのが得意だけど、口下手で不器用。でも、一緒にいることが心地いい。

「広瀬くーん!」


「橋本さん?」


どこからか俺の名前を連呼する声が聞こえてきてそちらを向くと、そこには得意気に笑う橋本さんの姿があった。



「あっ、園田くんも!」


渚のことを、いかにもついでのように言ったのが気に入らなかったんだろうか。


「……んだよ、うるさい」


少し不機嫌そうに適当に彼女をあしらう渚。でもその頬は緩んでいる。


彼女も、最初に呼んでいたのは俺の名前だったのに、今は渚にばかり視線が向いている。



彼氏と彼女、というよりも漫才コンビのようなふたりだけど、付き合ってからも仲がいい。


気をつかったりせずストレートな言葉で伝え合えるなんて羨ましいよ。