「辛いなら気持ちを伝えれば……」


「それはしないよ」


悠大が言いかけた言葉を遮ってキッパリと言い切る。



今までの私ならきっとこんな場面で人に流されていた。でも迅と付き合って少しは変われた気がするの。


悠大と別れてから、笑っていれば大丈夫だと思っていた。


他の人にも迷惑をかけずに毎日を送っていけると思っていたのに、迅だけは気づいてくれたんだ。



「迅のことが好きだから。大好きだから、幸せになってほしいんだ」


そして、私のために一生懸命になってくれた。ずっと隣にいてくれた。それだけで私は救われていたんだよ。



「……ごめん」


「え?」


悠大からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。もう向き合うことなんてないと思っていたのに。

今こうして悠大と一緒にいることが不思議に思える。


通りかかる人達はきっと誤解しているよね。私と悠大がヨリを戻したって。



「俺、星那とあんな別れ方してずっと後悔していた。星那は俺とずっと一緒にいてくれたのにな」


「な、にそれ……」


そんなことを言ってももうあのときには戻れないのに。


それに私は戻りたくなんてない。悠大のことはちゃんと思い出にできた。


迅のことが好き。この気持ちは誰に抱いた気持ちよりも大きいんだ。




「なぁ、俺と付き合わねぇ?」


息が止まったかと思った。悠大は私と別れてから女子で遊ぶようになって、見る度に違う女子を連れていた。


だからこんなに真面目な顔は久しぶりに見た。……そう、あの中学生のときみたいに。

『俺、星那といるときが1番楽しい』


『俺と付き合ってください』


『ははっ、大好きだよ』


幼馴染みで小さい頃から一緒だった私達。中学2年生のときに付き合って、バカみたいかもしれないけど永遠を信じていた。



「……もう、いくら悠大でも冗談はやめてよ」


「……はは、ごめんって」


笑みをつくってあしらっても心は晴れない。



「私達は “ 幼馴染み ” でしょ?」


“ 幼馴染み ” という関係が昔は嫌だった。関係を壊したくなくて縛られて、気持ちを伝えられなかった。


でも今は自分で告げたその言葉を不思議と辛くは感じなかった。


でも、悠大は本気で言っていることがわかってなんとも言えない気持ちになった。

こんなに辛い思いをするなら、好きになんてならなければ良かった。こんなに苦しい思いをするなら、恋なんてしなければ良かった。


恋が素敵なんてそんなのひとときの魔法。本当はすごく切なくて苦しくて、ひとりじゃ乗り越えられないよ。



『小谷さんと付き合った方が、迅は幸せになれるよ』


そう言って背中を押したときも。本当は好きだったよ。離れたくなんかなかったよ。ずっとそばにいたかったよ。


でも迅にとっての幸せは私と一緒にいることじゃない。それくらいわかっている。



彼女は心から迅を好きでいてくれているんでしょ?


それなら私の分まで幸せになってよ。素直になってよ。


ずっとずっと、まっすぐな迅のままで。君を愛してくれるその人と……。

「星那、ひとりで泣くんじゃねーよ」


「……泣くわけないじゃんっ」


気づけば溢れていた涙を隠してみせた。


さっき私と悠大が振り返ったとき……迅も泣いていたよね。その表情を見て、私のしたことの重さを知った。


私は迅の気持ちを踏みにじったんだよ。こんな私に好きでいる資格なんてないよね。



君が幸せになれるなら他に何も望まない。ただそれだけで良かった。


そう思っていたはずなのにどうしてかな。涙が止まらないよ。これで正しかったはずなのに苦しいよ。


私が招いた結果なのに。私が望んでこうしたはずなのに。全部全部わかっていたはずなのに。


今でも後悔してしまうよ。迅と話したいよ。もうあのときには戻れないのに。

でも、もう悠大に振られたお祭りの夜のようなことは繰り返したくない。


私の気持ちが変わるわけじゃないから、悠大の手を振り払って迅のことはひとりで忘れなきゃいけない。


その気持ちが浮かぶ度に苦しくなる。


忘れたくない。迅との日々に上書きなんてしたくない。そう思ってしまう自分もいる。



言葉にはできない許されない気持ち。


できることなら。


「伝え、たかった……っ」



────寂しくなるから泣かないでよ。


────最後くらい強がりでいさせてよ。



君の怒った顔も。泣いた顔も。笑った顔も。全部私の思い出のアルバムに焼きつけた。


生きていく意味も見つけた光も迅が教えてくれたのに、そんな君も私から遠ざかっていく。

「星那……」


お願いだから、そんなに切なげな顔で私の名前を呼ばないでよ。私のしたことが無意味だったように思えてしまうから。


この気持ちは私を置いてどこへ向かうんだろう。私の中では今も変わらず熱いままなのに。



「大好き、だったのにっ……」


ねぇ、どれだけ強くなったらまた笑えるのかな。どれだけの時間が経てばまた進めるのかな。


この止まったままの時計はいつ動きだすんだろう。


私には、迅しかいないんだよ。



ねぇ、君は私にたくさんの希望と幸せをくれたよね。


でも私は弱いから、向き合わずに逃げることしかできなかった。


その幸せを返す自信がなかったんだ。





最後に笑顔を見せてよ。


辛くても苦しくても、君と過ごした日々はかけがえのないものだった。


全部全部、大切だった。


だから、この「好き」って気持ちをいつまでも胸の中に。












宿泊学習後、初めての登校。


席に着くまでに何人かの人に声をかけられた。それに返事をしながらも俺は窓の外の景色を眺める。


空は少し曇っている。今日はいつもより早い時間に来てしまったからあまり人はいない。


もちろん朝に弱い渚はいるわけがない。



「……広瀬くん」


後ろからいきなり声をかけられてドキリとする。休み明けだから久しぶりに見たけど、絶対にあの日のことは忘れない。


目の前には小谷さんが立っていた。



「おはよう、小谷さん」


俺は宿泊学習の2日目の夜、彼女に告白の返事をした。


星那と江崎くんのキスシーンを目撃した俺はかなり気が動転していた。気づけば彼女と付き合っていたんだ。