体験学習は希望した班ができる特別な体験。だから俺達だけとは限らないんだ。
でも、まさかこんなことになるなんて。
俺の左隣には小谷さん。そして右隣には……星那がいる。
誰も仕組んではいない。これはただの偶然。それなのにこんな奇跡ってある?
気まずいと思う気持ちももちろんある。それよりも星那と近づけて嬉しいという気持ちの方が大きい。
「これから陶芸をします」
どうやらこの土地はかなり歴史のある場所らしく、今でも陶芸が盛んらしい。
作った物は持って帰ることができるらしいから俺も家で使おうと思う。
でも、今1番気にすべき問題は、隣が星那で集中できるかということ。
もちろん体験学習をおざなりにするつもりはないけど、星那の隣だなんて緊張して仕方がない。
「……の、あのっ、広瀬くん?」
「え?」
ほら、またやってしまった。またボーッとしていたらしい。……全然集中できない。
懐かしい星那の香り。少しまくられた制服の裾。変わらない儚げな瞳。いつ見たって可愛すぎだよ。
「あの、広瀬くん」
「ん?」
星那に見とれながらも俺は順調に陶芸を進めていった。すると左隣の小谷さんが呼んでいることに気づいて顔を上げる。
「ここの作り方、わかりますか?」
彼女が指差したのは、さっき担当の人が説明していたコツをつかまないとできないところ。
最初はボーッとしていて話を聞いていなかったけど物作りは俺の得意分野。
勉強も運動もできる方ではないから、美術的センスだけは負けないように頑張ってきたんだ。
「あぁ、ここはこうしたら……」
慣れた手つきで教えると「すごいですね」と褒められ、彼女はまた笑顔で作品作りに没頭していた。
ひと息ついて星那の方へ視線を移すと。
「「あ……」」
どうやら星那も俺の方を見ていたらしくパチッと目が合った。
え、え、どうしてこっちを見ているの?もしかして俺のことを見ていた……?
「……ごめん」
それだけ言って彼女は視線を手元に戻す。
そんなわけないよね。星那が俺のことを気にしているわけがない。
きっとたまたま俺の方向にある物を見てボーッとしていただけ。だから気にする必要はないよ。
そう頭ではわかっているのにどうしても右隣をチラチラと見てしまう。
あー、集中できない!頭も心もまた星那のことでいっぱいになってしまう。
離れてしまった視線に寂しさを覚えた。
陶芸も終盤に差しかかった頃。
「痛っ」
右隣から痛そうな声が聞こえた。
「せっ」
「大丈夫?星那ちゃん、指切った?」
────星那、どうしたの?
どうやら指を切ってしまったらしい。尋ねようと振り返ると、そこには星那の手を握る男の子がいた。
確かに星那は可愛いし心配になるのはわかるよ?でもさりげなく手を握らなくても手当てくらいできるのに。
って、俺はまた星那のことばかり考えていた。
もうダメだ。諦めるって決めたはずなのに、彼女を前にすると一瞬でその決意も揺らいでしまう。
他の男子と話しているだけで心がモヤモヤするし、少し触れているだけでも心が落ち着かない。
やっぱり俺は星那が好きなんだ。
◇◆◇
「……すごすぎだろ」
「本当に美味しそうだね、渚!」
これから夕食が始まる。
俺達2年生が泊まるのは現地でも有名なホテル。部屋は5人部屋だけど意外と広くて、窓から見える景色には驚いた。
そして、夕食も朝食もバイキングらしく、今から楽しみ。
「「いただきます」」
隣は渚、向かいには小谷さん、その隣には矢代さんが座って、4人で食べ始める。
夕食には洋食、朝食には和食が出るらしく、俺はパスタをメインにたくさん持ってきた。
さっきの体験学習。どうだったかと問われれば楽しかったと答えるだろう。なかなかいい仕上がりだった。
でも星那のことが気になって、作品作りどころではなかったというのが本音。
結局1度も話しかけずに終わってしまった。
諦めるって決めたんだからこれでいいんだ。頭ではそう思っているけど心はどこまでも正直で。
星那と話したい。触れたい。その欲望を抑えるのに必死だった。
それに、やっぱり星那はモテる。体験学習のときだけでも、同じ班の男子が好意をもっていることは嫌でもわかった。
でも気づいていないらしく、守ってあげたいという気持ちがいっそう強くなった。
「……広瀬くん」
だいたいの人が食べ終わり、渚も矢代さんも席を立っていた頃。正面にいた小谷さんに話しかけられてまっすぐ前を見る。
「どうしたの?」
小谷さんの目はいつもと違い、何かを決意したような強い目をしていた。
「お風呂からあがった後ロビーで会えませんか?」
────ドクリ。
胸騒ぎがする。このままじゃいけないような、何かを間違えたような、そんな気分。
でもその理由はわからない。
「うん、わかった」
彼女に言われなくても、それがふたりだけで会うのだと悟った。
何を言われるんだろう。それはわからないけど、大事な話だということだけはわかった。
◇◆◇
「ごめん、お待たせ」
「いえ、待っていないですよ」
夜の8時半。就寝は10時で自由行動は9時までだから、あと30分しか出歩けない。
今、俺の向かいには小谷さんがいる。
「呼び出してごめんなさい」
「大丈夫だよ。それでどうしたの?」
何度考えてもここに呼ばれた理由がわからなかった。
何か気に障ることをしてしまったんだろうか。それとも他の人には言えない何かがあるのかな。
いずれにしても俺はしっかり受け止めなければならない。
「あの……」
次に何を言われるのか気になる。彼女が躊躇うから俺まで緊張する。
「広瀬くんのことが好きです……っ」
息を吸って彼女が言ったのはその言葉だった。
「え?」
驚いて開いた口が塞がらない。今の嘘だよね?小谷さんが俺のことを好きだなんて。
彼女の目はまっすぐに俺を捉えていて、とても嘘をついているようには見えない。
見えないけど、いきなりそんなことを言われても信じられないよ。
ずっと “ 友達 ” だと思っていた。彼女も俺の心の中にはまだ星那がいることを知っているはず。
それなのにどうして……。
「篠原さんのことが好きなのはわかっています。でも、どうしても伝えたくて……」
困らせてごめんなさい、と付け足す。
一緒に過ごしていくうちに俺達の距離も少しずつ近くなっていたのかな。
こんなにまっすぐで透明な気持ちになったのはいつぶりだろう。
「……少し考えてもいい?」
俺が出した答えは保留。
今はまだ星那のことが好き。でも、もしかしたら他の人に目を向けられるときがくるかもしれない。
「はい、待っていますから」
今の俺に必要なことは誰かの優しい心に触れることだったのかもしれない。
この選択が彼女を傷つけてしまうこと。それくらい俺だってわかっていた。
それでもこのときは、誰かに縋らないと前を向けなかった。