俺はたこ焼き、矢代さんはわたあめ、そして小谷さんはクレープを買った。


そのまま下駄のふたりに合わせてゆっくりと歩く。




「あっ!」


すると矢代さんがいきなり大声をあげた。思わずたこ焼きを落としそうになって急いで振り返る。


「今!悠大くんがいた!」


なんと衝撃発言。どうやらこの会場には江崎くんも来ているらしい。



「でも隣に浴衣を着た人がいたんだよね」


「誰かな?気になるね」


矢代さんの言葉が正しいなら女子と来ているってこと?去年は知らない人と来ていたけど、もう女遊びはやめたって言っていたよね?


それなら誰と一緒に来ているんだろう。友達?それとも……。



浮かんだ考えを必死に打ち消す。


そんなはずない。友達と行くって言っていたんだ。だから星那なわけがないよ。

「と、とりあえず進もうよ」


なんだかこれ以上この話はしていたくなくて、矢代さんは少し不満げだったけど次は金魚すくいをすることにした。



それからもいろいろな屋台を回って楽しんだ。


途中で渚と橋本さんのカップルに会って、真っ赤な顔をしているふたりも見ることができた。


クールな渚と元気な橋本さん。真逆なふたりたけどお互いを支え合っている。


俺と星那はそんな風になれていたのかな。周りから見ると俺達はカップルに見えていた?



ねぇ、星那。俺はどうすればいいのかな。振り向いてもらえないなら諦めた方がいい?


でも俺は忘れられる自信がないよ。これからだってずっと星那を想い続けていくんだろう。


「もう少しで花火ですね」


「だね!あ、その前にかき氷買ってもいい?」


小谷さんの言葉に反応したのは矢代さんだけ。



花火。その言葉を聞いて何も発することができなかった。


だって、去年は花火が上がった瞬間に見たくもないものが目に飛び込んできたんだから。


って、すぐに去年と比べて考えてしまうのも俺の悪い癖。いつまでも過去に囚われていても前を向けないよね。



「よし、じゃあ行こっか」


矢代さんが買いたいと言うかき氷の屋台は混んでいる。


もうすぐ花火が始まるというのに空を見ている人はいなかった。



「あの、広瀬くん」


突然言いづらそうに縮こまって俺の服の袖を引っ張る小谷さん。


どうしたんだろう、と指差す方を見ると。



「嘘、でしょ……」

「あれって悠大くんと篠原さん?」


信じられないような目でそのふたりを見る矢代さん。


俺だって信じられるわけがない。かき氷の列に星那と江崎くんが一緒に並んでいるなんて。



でも、それは見間違いなんかじゃない。星那、どうして?友達と一緒に行くんじゃなかったの?


かき氷を買って嬉しそうに顔を綻ばせる彼女が見えた。


その隣には久しぶりに見た江崎くんの笑顔。



────あぁ、もうダメだ。



好きでいることをやめてしまいたい。こんなにもそう思ったのは初めてのこと。


今までは、星那を好きになって良かった。だから絶対に諦めない。


そう思って毎日折れそうになる心を奮い立たせていた。


でも、星那がまだ江崎くんのことを好きなら勝ち目はないよ。俺はどうすればいい……?

「悠大くんっ!」


やめて。やめてよ、矢代さん。


お願いだから今だけは気づかないで。もしも星那と目が合ったら……。



「……は?広瀬?」


「じ、ん……?」


どうして俺の方を見るの?どうして俺の方に目が向くの?どうしてそんなに切なそうに俺の名前を呼ぶの?


好きじゃないのにどうして……?




────ドン。


その瞬間、夜空に大きな花が咲いた。その光は地上の人々の顔を照らすけど、今だけは見られたくなかった。


本当に俺って情けない。こんなことで心が折れて泣きそうになるなんて。



「行くぞ、星那」


「え?で、でもっ」


ほら、やっぱり。去年と重なって見える。


あのとき星那の隣にいたのは俺なのに、今は江崎くんがいる。それが本当に悔しい。悔しくてたまらない。

「待ってよ!ゆうだっ」


「やめて!」


江崎くんを呼び止めようとする矢代さんの手を思いきり掴んだ。


我に返って見ると、矢代さんは傷ついたような顔をしていた。隣の小谷さんも悲しげな表情を浮かべている。




「ごめん、もう俺─────諦めるよ」



こんなこと言いたくなかった。


彼女の笑顔のためならなんだってできた。彼女が幸せでいられるなら自分の身を滅ぼすことだってできた。


それでも星那は、俺じゃダメなんだ。



それなら俺に残された選択肢はただひとつ。


いつまでも「好き」と言っていたって迷惑になる。お互いに前に進めないだけ。


────俺は諦めるしかないんだ。

無我夢中で走った。もう何も考えたくない。何も見たくない。


どうして。ねぇ、どうして?俺はこんなにも星那のことが好きなのに。



「待ってください、広瀬くん!」


さっきも通った道を引き返して少し息をついていると、後ろから下駄の音と聞きなれない大声が聞こえてきた。


今のは小谷さん?彼女があんなに大きな声を出すなんて驚いた。



「広瀬くんにはっ、私達がいます」


息を切らしながらそう伝えてくれた。……もう、俺は何をしていたんだろう。


大切な友達の前でこんなことをして、しかも女子にこんなことを言われるなんて。



「そうだよ!友達がいれば怖くないって!」


自分だって辛いはずなのに矢代さんもそう言って励ましてくれた。


そうだよね。友達がいれば怖くない。そう思っていた俺は “ 悲しい嘘 ” に気づくことができなかった。





「楽しかったねー!」


「まあまあだな」


真逆の評価をする矢代さんと渚に少し苦笑いをする。そして地図を見ながら次の行き先への道を辿る。



今日は待ちに待った宿泊学習。俺は今6人班で楽しく現地を観光しているところ。


でもただ楽しむだけではない。歴史のある建物や資料館などへ行って、この土地の歴史や地理について調べる課題も出ている。


だから呑気に楽しんでいる暇はないはずなんだけど、思っていたよりも楽しくてなんだかテンションが上がる。



「郷土資料館までもう少しですね」


「うん、俺も楽しみになってきたよ」


そして、これから俺達が向かうのは郷土資料館。


この土地の歴史についてはもちろんのこと、体験学習もしながらいろいろなことを学べるらしい。

体験学習は希望した班ができる特別な体験。だから俺達だけとは限らないんだ。


でも、まさかこんなことになるなんて。




俺の左隣には小谷さん。そして右隣には……星那がいる。


誰も仕組んではいない。これはただの偶然。それなのにこんな奇跡ってある?


気まずいと思う気持ちももちろんある。それよりも星那と近づけて嬉しいという気持ちの方が大きい。



「これから陶芸をします」


どうやらこの土地はかなり歴史のある場所らしく、今でも陶芸が盛んらしい。


作った物は持って帰ることができるらしいから俺も家で使おうと思う。


でも、今1番気にすべき問題は、隣が星那で集中できるかということ。


もちろん体験学習をおざなりにするつもりはないけど、星那の隣だなんて緊張して仕方がない。