学校へ向かう途中の桜の木。今日も早く行って写真を撮ったり眺めたりしていた。
懐かしいな。この桜の木が俺と星那を繋いでくれたんだ。
あれ?遠くに目をやると、誰もいないと思っていた桜の木の下に誰かがいる。
あの後ろ姿は……。
「星那!」
走ってそこまで追いつくと、驚いたように振り返ったのは─────やっぱり星那。
「じ、ん……」
彼女は俺の名前を呟くと足早に逃げようとする。
元カレに再会して気まずいことはわかっているけど、俺はまだ一緒にいたい。
「星那、待ってよ」
手を掴むと振りほどかれそうになる。
付き合っていたときは手を繋いでいても不思議ではなかったのに、別れた今だとすごく後ろめたい。
「離してよっ……」
星那が俺と別れようと思ったこと、俺が悪いから何も言えないけど。
1度幸せを、ぬくもりを知ってしまったら、もう知る前には戻れない。それは星那も同じだよね?
「好き、だよ……っ」
絞り出した言葉は震えていて、俺の声に彼女の動きが止まったのがわかった。
「え……?」
振られたっていい。避けられたっていい。それでも俺はこの気持ちを伝え続ける。
「何言っているの……?」
彼女はポカンとした顔で俺を見つめる。
でもその表情には少し諦めも見えて。そんな顔をされたら俺まで悲しくなってしまうよ。
「何回振られても、好きじゃないって言われても、俺は大好きって言い続けるから……っ」
全部俺の本心。何回言ったって伝えきれないくらい、星那のことが大好きなんだ。
だから振られたくらいで終わりになんてしたくない。
「それでも、俺じゃダメですか……?」
俺は星那といたい。星那じゃなきゃダメなんだ。
「私、迅のこと振ったんだよ?それなのにどうして……」
「好きだからだよ」
その言葉に息をのんだのがわかった。振られてもこんなことを言い続けるなんて嫌がられるに決まっているよね。
それでも俺は絶対に諦めたくない。1%でも好きになってくれる可能性があるのなら最後まで追い続けたい。
初めて付き合ったときからこの身は星那に委ねているんだ。俺達の関係が変わっても俺の気持ちは簡単に変わったりしない。
「言ったよね?私は好きにならないよ」
そんなのわからないよ。
今は好きにならないって思っていても、気づいたら好きになっている。それが恋なんだから。
「たとえ0からでも絶対に諦めない!」
そうしないと君は、また孤独で暗いひとりだけの世界に入ってしまうよね。だから俺がそこから連れ出してあげる。
星那をひとりにはしたくない。あの寂しそうな顔なんてもう見たくないよ。
「……っ、これ以上そんなこと言わないでよ!」
彼女が珍しく声を荒らげる。その瞳には少しだけ涙が光っているように見えた。
「……私が別れたくて振ったの。だからっ」
「俺は好きだから!ずっと星那のことが好きだから諦めないよ」
言葉を遮って俺の気持ちを伝える。
ねぇ、俺は知っているよ。本当の星那はそんなことを言う人じゃないよね。きっと今も見えない何かに怯えて必死に闘っている。
ひとりで抱え込まないでよ。泣いている顔を見るのが俺にとって1番辛いことなのに。
俺にはそんな星那を助けることさえもできないのかな。
《 星那side 》
「何それ……」
ほんの数分前、私はあの桜の木の下にいた。
去年の春、入学式の日に迅と初めて出会った桜の木。
『……君は桜みたいだね』
あのときはそんなことを言われて驚いた。彼の言葉になぜだか心が奪われた。
そのときは美紀が一緒だったからゆっくり話せなかったけど、同じクラスだとわかって私達は仲良くなった。
彼との距離が変わったのはきっと夏祭りの日。私と迅と美紀と園田くんの4人で出かけたときのこと。
美紀と園田くんが一緒にお祭りを回ると言い出して、必然的に私と迅は一緒に行動することになった。
会話はぎこちなくて何を話せばいいのかわからなかったけど、時間が経つうちに打ち解けていった。
花火が始まる頃にはすっかり “ 桜仲間 ” から “ 友達 ” という存在に変わっていた。
でも、私はそのときとんでもないものを目にした。彼氏の悠大が知らない女子と手を繋いで歩いているところを。
最初は見間違いかと思った。だって私が夏祭りに誘ったときは『用事があって行けない』と言っていたから。
花火が上がった瞬間ふたりの唇が重なったのが見えた。この会場にいるなんて、それも女子と一緒にいるなんて。
信じたくなかった。でもそれは現実で、結局私達は別れてしまった。
小さいときから幼馴染みとして隣にいて、中2のときに付き合えて、本当に嬉しかった。
ずっと一緒で大好きだったのに。もう私の知っている悠大は隣にいない。
そのときは本当に悲しくて、隣に迅がいるのに泣いてしまったんだ。
それから、私達が友達以上の関係になったのは夏休みのこと。
悠大とのアルバムを見つけてしまったときになぜか私は迅に電話をかけてしまった。
どうしてかな。わからないけど気づいたら手が動いてしまったの。
それから彼は私の家まで来てくれた。とても心配して話を聞いてくれて……そして告白された。あのときのことは今でも鮮明に覚えている。
悠大と別れたときにはずっと隣にいてくれて、私が落ち込んでいるときには声をかけてくれた。
でも、そのとき1番辛かったのは彼なんだってわかった。
こんなにまっすぐに想ってくれる人は初めてで、心があたたかくなったけど同時に痛くも感じた。
気づいたときには私は彼にOKの返事をしていた。
少し期待していたんだ。私の世界を変えてくれるかもしれない。悠大のことを忘れさせてくれるかもしれない、と。
そう、最初はそれだけの気持ちだったの。
でも、私は……。
いつもまっすぐで優しくて、それでも自分を持ち続ける迅のことを。
────いつの間にか好きになっていたんだ。
いつからなのかはわからない。でも、気づいたときには悠大のことなんて忘れて迅のことが好きだった。
だからさっきの彼の言葉には胸が痛んだ。
『何回振られても、好きじゃないって言われても、俺は大好きって言い続けるから……っ』
『それでも、俺じゃダメですか……?』
『俺は好きだから!ずっと星那のことが好きだから諦めないよ』
私だって迅と一緒にいたかった。「私も好き」って伝えたい。そんなことは何回も思った。
でもダメなんだよ。私だって迅がいいけど、彼は私といても幸せにはなれない。
今まで傷つけてきた私が幸せになっていいはずがない。
私に再び光を与えてくれたのは。手を差し伸べてくれたのは。道しるべになってくれたのは。他でもない君でした。
だから今度は私が背中を押すよ。
教室に入るとたくさんの人に挨拶をされる。
始業式の日に友達はたくさんできた。それでも私の心が埋まらないのはどうしてかな。
大切なものがなくなってしまったような虚無感。それだけが心の中で広がっていた。
◇◆◇
いつも通りの放課後。美紀と一緒に帰ろうと1組の教室の前まで行くと、人だかりができていた。
何かあったのかな?美紀は大丈夫かな?そう思って遠目で人混みを見ていた。
するとその中心部分から大きな声が響き渡る。
「悠大くん、大好き!」
え、公開告白?しかも悠大に?
突然のことにひとりで慌てていると、1組の教室から悠大が出てきた。そっか、1組なんだ、と納得していると。
「お前、誰だっけ」
彼はさっきの女の子に向かって冷たい言葉を放つ。でも彼女は負けじと言い返す。
「矢代理々愛!これで3回目の告白なのにー」
3回目なんて大胆な子なんだ。でもそんな風に気持ちを伝えられるってすごい。私にはきっとできないことだから。
「星那、ごめんっ!なかなか教室から出られなくて……」
人混みをかき分けながら出てきたのは美紀。教室のドアの周りには未だに人がたくさんいる。
「大丈夫だよ、行こっか」
そう言ってふたりで歩き始める。