「俺じゃ、ダメかな……」
ずっとその笑顔を守りたくて。星那の幸せだけを願ってきた。それでも、一方的な気持ちだけじゃ恋は叶わない。
「……ごめんね、星那」
俺が役に立てないから。頼りないから。あの壁を壊せないから。星那を全部連れ去れないから。
もう、君がほしい。君ごと全て俺のところへ連れていきたい。その心が俺だけに向いてくれればいいのに。
「ごめんねなんて言わないで……」
か細い声でそう言う彼女は泣いていた。こうなってしまったのも全て俺のせい。
「迅は悪くないの。誰かのためを思ってしたことにごめんねなんて使わないでよ」
溢れる涙を止めようと拭いながら、俺に向かって必死に語りかけようとする。
その姿に心を打たれて気づいたら俺の頬も濡れていた。
「そうじゃないと迅の努力が報われないから。だから笑ってありがとうって言ってよ」
振った相手にそんなことを言うなんてズルいよ。俺はいつだって星那がいてくれたらそれでいいのに。
最後まで笑って過ごしていたかった。この日々に終止符なんて打ちたくなかった。
でも。
「星那」
伝えなければ前なんて向けない。立ち上がらなければ歩くことなんてできない。
それなら俺はめいっぱい伝えよう。
「ありがとう」
星那と出会えたこと、付き合えたこと、一緒に過ごせたこと。その全てに感謝の気持ちを贈りたい。
ひとときの幸せな夢だった。本当に切ない現実だった。まだまだこの気持ちは伝えきれないよ。
「好きだよ」
「うん」
「大好きだよ」
「うん……」
何がダメだったのかな。もっと俺が優れていれば別れずに済んだのかな。
「我慢しなくていいよ。無理して笑っているとわかるから」
溢れそうな涙を隠していると星那は頬を包んでそう言ってきた。
だから、そんなこと言ったらダメだよ。余計に諦めきれなくなる。
「いつまでも泣いていたって何も変わらないからね。我慢していたのを全部出して泣くより、かっこ悪くても星那の前では笑っていたい」
彼女との思い出は笑顔のままがいい。
照れくさかったり気まずかったり、いろいろな瞬間があったけど。涙で濡らしたくはない。
既に泣いている俺が言えることじゃないかもしれないけど、星那との思い出をこれからも好きでいたいから。
「……迅はすごいね」
どんな意味でこぼれた言葉なのかはわからない。
自分の振られたときと重ねているんだろうか。それともまた別の視点で見て言っている?
「私はいつまでも弱いままだから」
そんなことない。過去と必死に闘っていた星那は毎日輝いていた。
そばで見ていた俺だからこそ星那の強さはわかる。
「迅が羨ましいよっ……」
どうしてそんなことを言うの?どうして泣いているの?振られたのは俺なのにどうして星那が苦しそうなの?
いつまでも弱い自分は変えられないと思っていた。それでも君と出会って少しは変われた気がするよ。
だから、ありがとう。星那。
星那の表情の理由を俺はまだ知らなかった。
そう、知ることのできないまま、また桜の季節を迎えるんだ。
寂しくなるから泣かないでよ。
ときには泣いて立ち止まってもいい。
でもひとりで泣いたりしないで、泣きたいときは呼んでよ。
「……は?」
第一声はそれだった。
「もう1回言って?あたしの聞き間違いかも……」
「星那とは、別れた」
そう言い放つとふたりは何かを悟ったように黙った。
俺は今、渚の家に来ている。
春休み中、珍しく渚から電話がかかってきて『知らせたいことがある』と言われて来てみると、そこには先客─────橋本さんがいた。
『あたし達、付き合うことになったの!』
そんなおめでたい報告を聞かされて。以前の俺ならもちろん喜んで祝福していただろう。
でも、星那と別れてからは心に穴が空いたように気が沈んでいて、とても祝えるような心境ではなかった。
『広瀬くん、どうしたの?』
そんな様子を見て不思議に思ったのか、橋本さんが顔を覗いてきた。
そこで俺は終業式の日のできごとを話した。ひと言でまとめて『星那と別れた』と。
それで冒頭に至る。
「どうして別れたの?」
「俺じゃダメだったみたい。星那を好きにはさせられなかったんだよ」
『いつか絶対俺のことを好きにさせるから』
そう宣言したはずなのに俺は好きにさせることができなかった。つまり俺の負け。
何がダメだったんだろう。別れてからもずっと考えているけどその理由がわからない。
やっぱり俺じゃ力不足だったんだろうな。俺じゃ彼女を幸せにすることができなかったんだ。
「じゃあ星那から振ったってこと?」
「うん」
感情をあらわにして彼女は驚く。
俺だって星那に好きになってもらおうと努力していたし、諦める気はなかった。
それでも星那は、好きでもない人とこのまま付き合い続けるなんて耐えられなかったんだろう。
「ありえない!だって星那は広瀬くんのこと……!」
「そんなはずないよ。振られたんだから」
淡々と言う俺の姿に圧倒されたのかふたりは何も言わない。彼女はきっと気づかってくれているんだろう。
でも、星那に振られた今。そんな気づかいは俺の心を乱すだけ。
「でもっ」
「きっと星那はまだ江崎くんのことが好きなんだよ……」
彼女の言葉を遮ってずっと思っていたことを口に出す。
心の中で留めているときは、まだ自分の中で違うと言い聞かせることができた。でも口に出してしまうともう戻れない。
俺じゃ敵わない相手。何で勝負しても負け続けた相手。それが江崎くん。
星那が忘れられないのも無理はない。
「広瀬くんは」
その声を聞いてハッとした。顔を落とした彼女の声が震えていることに気づいたから。
「振られたからって星那のこと諦めるの?もう好きじゃないの?」
「好きだよ!だから……だからこんなに辛いんだよ……っ」
好きで好きで、どうしようもないくらいに好きで。伝え続けても繋がらなかった。
俺の心は宙ぶらりんのままさまよっている。それなのに時間だけは変わらずに進んでいく。
「……迅は、篠原のこと好きにならなければ良かったと思うか?」
今まで黙っていた渚がそっと俺に問いかける。俺の気持ちを知っているからこその質問なんだろう。
「そんなこと思うはずないよ」
「それならそれが答えだろ」
ぶっきらぼうに言うけど、それが彼なりの優しさなんだってわかっている。