「……時間が経つのって早いなぁ」


最近それをしみじみ思う。


今は1月の下旬。星那とのクリスマスデートから早くも1ヶ月が経った。




あれから俺は彼女を家まで送ってから家へ帰った。そして『俺的には成功したと思うけど……』という前置きをしてから渚に電話をかけて、冬休みをじっくり堪能した。


とはいっても、冬休みは短いから宿題を終わらせて初詣へ行ったくらいしか思い出はない。



本当なら初詣は星那と一緒に行きたかったけど、あいにく家族旅行らしく杏と行くことにした。


母さんはお正月も仕事で忙しい。寂しそうな杏の顔に気づきながらも、俺達は1番近くの神社へ行った。


久しぶりに繋いだ杏の手は前より少し大きくなっていて、子供の成長って早いなと感じながら神社でお参りをした。

そのときに隣から聞こえてきた願いごと。


『みんなでお出かけができますように』


その願いを俺は忘れないだろう。今は実現できなくても待っていればきっと大丈夫だと、俺はそう信じていたい。



俺の願いごとは欲張りだと思うけどふたつある。


ひとつは、杏と同じく『家族で出かけられますように』もうひとつは『星那とずっと一緒にいられますように』


高望みかもしれないけどどちらも失いたくない大切なもの。この気持ちがいつか届くといいな。そう思いながら手を叩いてお参りをした。



その後は……そうだ、おみくじを引いたんだ。杏が大吉を引いて喜んでいる姿を見て期待して引いてみた。


しかし結果は微妙。



『お兄ちゃん、吉だってー』


チラッと見られて大吉のおみくじを自慢されると、自分が情けなく感じた。


いいよ、別に吉でも。少しの嬉しいことも大切にできる気がするから。


そんなこんなで初詣を終え、短い冬休みは終わった。

思えば、あと2ヶ月もしないうちに俺達も進級するんだ。先のことなんてあまり考えていなかったけどクラス替えだってある。


もしかしたら、仲良くなった星那や渚、橋本さんともクラスが離れてしまうかもしれない。そうなったら俺は……。


いや、まだ時間はあるんだからそんなことを考えたらダメだよね。残された時間を大切に過ごせるのなら、俺はそれで満足だよ。


◇◆◇



「……ど、どうしたの?」


俺は不審そうな顔で目の前の相手を見つめる。すると目の前の相手─────星那は、何かをポケットに隠した。


その手首には俺がクリスマスにあげたブレスレットが光る。



「べ、別に何もないよ……?」


俺は今星那と一緒に登校している途中なんだけど、今日はなんだか彼女の様子がおかしい。


家へ迎えに行ったときもソワソワしていたし、今だってコソコソと俺の顔を伺いながら隣を歩いている。


気になって問いつめてみたものの答えてくれない。一体何を隠しているんだろう。



「今日なんの日か覚えてない?」


疑問ばかりが頭を巡る中、彼女からの質問にますます混乱する。


「今日?2月14日だけど何かあった?」


悪気なんてなかった。ただこのときの俺は気づいていなかったんだ。

俺が淡々とそう答えると星那は少し傷ついたような顔をして。


「……覚えているわけないよね」


悲しそうにそう呟く。その表情と言葉の理由をずっと探していたけど、結局登校中にはわからなかった。


でも、今日がバレンタインデーだと気づいたのは学校に着いてからのこと。




「星那、広瀬くん、おはよっ!」


教室に入ると駆け寄ってきたのは橋本さん。なんだか今日はいつにも増して機嫌がいい気がする。


って、あれ?教室を見渡すと女子達が何やらコソコソと集まって話している。


え、どうしてだろう。本当にわからないんだけど。



そう思いながら渚の机まで行くと。


「渚、その箱どうしたの?」


机の上に置いてある大きな赤い箱に気づいてそう尋ねた。

「アイツが渡してきた」


「あぁ、橋本さんね……」


渚の指差す方を少し呆れながら橋本さんの名前を口に出した。



「迅ももらったんだろ?」


すると何やらよくわからない質問をしてきた。もらったって誰に?何を?


「なんのこと?」


「……は?だから、篠原にチョコ」


星那からチョコ?ますます意味がわからないよ。どうして今日もらうの?



そう訪ねようとすると。


「ちょっと、広瀬くん!まさかバレンタインデーを忘れていたとか言わないでしょうね?」


どこからか会話に入ってきた橋本さん。その後ろには縮こまった星那がいる。

……というか、今バレンタインデーって言った?ん?あれ?


「あっ……」


やっと繋がった。今朝の星那の不思議な動きと悲しそうな表情。


そして今日は2月14日。バレンタインデー。


チョコなんて最近もらっていないから忘れていたけど、今日は女子が好きな人にチョコを渡す日だ。



「星那!ご、ごめんね!」


俺としたことがすっかり忘れていたよ。星那の良心を踏みにじってしまった。


「ううん、忘れていたなら仕方ないよ」


なんて強がってそう言うけど。なんだかんだでもう半年以上付き合っているんだよ。


彼女がそう言うときは、本当は大丈夫じゃないってことくらい知っているよ。

「星那、ちょっと行こうか」


「えっ?」


キョトンとした顔をする星那の腕を引っ張って教室を出る。橋本さんはなぜかニヤニヤしていた。


……って、あれ?さっき渚はチョコをもらったって言っていたよね。


つまりそれって、橋本さんがついに告白したってこと?



今気づいたけどそれってすごいことだよね。後でふたりから話を聞いてみよう。


そう他人の心配をしていたけど、今はそれどころじゃない。



「迅、あのね……」


騒がしさが落ち着いている廊下の隅。星那に呼び止められて動きを止める。


「バレンタインデーだからチョコ作ってきたんだ」


彼女がソワソワしていた理由にも気づかない俺がもらってもいいのかな。

「俺がもらっていいの?」


「うん、迅に受け取ってほしいの」


パッと笑ってそう言ってくれた。


星那が彼女で本当に良かった。改めてそう思った。こんな俺にチョコをくれるなんて優しすぎるよ。



ねぇ、少しは期待してもいいのかな。


チョコをくれるってことは少しは意識してくれているの?それとも、形だけでも彼氏だからかな。




「星那」


「迅、どうしたの?」


こんなことを聞いたら星那はどんな顔をする?驚くかな。悲しむかな。それとも笑ってくれるかな。


俺と星那の距離は今どれくらい?あとどれくらいの経てば俺のことを見てくれるのかな。

「目逸らさないで俺を見てよ」


そう言うと彼女は黙って俺の目を見つめる。その瞳に俺が吸い込まれそうになる。


綺麗で透明で他の誰よりも傷つきやすいその心を、俺は守ることができているんだろうか。



「俺のこと……好き?」


こんなことを聞いたのは初めてだけど、どうしても気持ちを確かめたかった。


少し期待していたんだ。


もしかしたら、今日こそ星那から「好き」が返ってくるかもしれない。両想いになれるかもしれないって。


ねぇ、目逸らさないでって言ったよね?それなのにどうして俺から目線を外したの?



「……好きじゃ、ないよ」


そのとき声が震えていたのに、どうして俺は気づかなかったんだろう。


これが星那の本心ではないことを。答えはずっと前から決まっていたということを。