1歩前に踏み出し斜め後ろに入る。
この位置ならいける……!
「くっ……」
ボールが彼の手から離れたその瞬間─────俺の手に確かなボールの感触を感じた。
体中に爽快な気分が広がる。
そのままゴールへ走り少し離れたところからシュートをすると、そのボールは落ち着かないながらもゴールへ入っていった。
「よしっ……!」
振り返って彼の方を見ると俺の方を睨んでいた。悔しそうに唇を噛み締めている。
もともと運動が得意なわけではない。でもどうしても彼には負けたくない。
それからは接戦が繰り広げられ、たった少しの時間なのにとても長く感じた。
残り20秒、22-22。どちらも譲れない点数の中、ボールを持ったのは俺達1組。
バスケ部の男子がパスをしながら順調にゴールへと向かっていく。
いける……!その場にいる全員がそう思っただろう。
しかし、そのボールが放たれることはなかった。残り10秒にして江崎くんの手にボールが渡る。
ボールは操られているかのように俺の方へ向かってくる。後ろに人はいない。つまり止められるのは俺しかいない。
ディフェンスはマークしてゴールに近寄らせないようにする。でも、どんどん近づいてくる彼は止められない。
そして俺の前に立ちはだかる。
こっちにくる。そう思った予想は外れて、彼はスリーポイントラインからシュートを放った。
────ピピーッ!
試合終了のホイッスルが鳴り響く。得点板は、22-25になっていた。
終わった。俺はまた江崎くんに負けたんだ。
いや、違う。俺がさっき止められていればチームだって負けなかったのに。俺のせいだ……。
落胆する俺とは逆に、チラッと見えた彼は勝ち誇ったような顔をしていた。
◇◆◇
「お疲れー」
「江崎、良かったじゃん!」
そんな声が飛び交う5組の前に俺はいる。俺はこれから審判をしなければならない。しかも5組の試合を。
さっきの試合を思い出してボーッとしていると。
「迅くん」
落ち着く透き通った声。星那ちゃんが隣にやってきて何か言いたげな顔で俺を見る。
「お疲れ様。すごかったね」
その言葉を聞いて途端に何かがこみ上げてくる。
「場所、変えよっか」
その様子を察したのか、彼女は優しくそう言ってくれた。
審判の時間まであと10分くらいある。周りの目を盗んで体育館を抜け出し、グラウンドの隅に来た。
「星那ちゃん……。俺、負けちゃったよ」
そのまま抱きしめると彼女も後ろに手を回してくれた。
「大丈夫だよ。たくさん頑張っていたこと、私は知っているから」
勝敗よりも努力が大事。そうだよね。確かに星那ちゃんの言う通り。
でも今はそれだけじゃ納得できないほど悔しい。
「でも、江崎くんに勝てなきゃ意味な……」
「そんなことないよ!迅くん、かっこよかった……から」
そんなこと言わないで、と。
寂しそうな表情を浮かべて彼女はそう言った。
嘘……今の幻聴?星那ちゃんの口から「かっこいい」って言葉が聞こえた気がしたんだけど。
心なしか頬が少し赤くなっているように見える。
「その、だから……元気だしてよっ……」
どうして星那ちゃんがそんなに震えた声で言うの?どうして自分のことのように悲しんでいるの?
星那ちゃんにとって、俺は……?
「あり、がとっ……」
江崎くんにだけは勝ちたかった。どうしても負けたくなかった。
そうじゃないと彼女を取られてしまうような気がして。彼女が俺から離れていってしまう気がして。
どうしようもなく不安だった。
「……そろそろ戻ろっか」
星那ちゃんが隣にいてくれるなら俺はどんな辛いことにだって負けない。その笑顔が隣にあるならいつだって強くなれる。
でも、後ろを向いた彼女からはその本心まで読み取れなかった。
「渚!楽しみすぎて眠れないよ!」
〈その割には嬉しそうだな〉
星那ちゃんとデートなんて、いつになっても慣れなくてドキドキしてしまう。
今日は12月23日。そう、明日はクリスマスイブ。
星那ちゃんと一緒に駅前のイルミネーションを見に行くんだ。そのことについて今は渚と電話で相談中。
一緒に出かけるなんて夢みたいだよ。今までだってデートをしたことはあるけど緊張する。
何話そうかな。どんな服着ていこうかな。プレゼント喜んでくれるかな。
頭の中が彼女でいっぱいになって、とても眠れる状況ではない。
こんなこと言ったら引かれてしまうかな。また彼女のことを考えている自分に気づいて不思議な気持ちになる。
こんな気持ち、彼女と出会うまでは知らなかった。
こんなにも好きな人に出会えて、そして付き合えるなんて、俺って幸せ者だなと思いながら話を続ける。
〈……で?プレゼント渡すんだろ〉
「うん!ブレスレットなんだけど喜んでくれるかな」
クリスマスプレゼント。形に残る物を渡したくて必死に悩んでいたときに、彼女に似合いそうな薄ピンク色のブレスレットを見つけた。
見た瞬間「これしかない!」と思って、値段なんて気にせずに買ったんだ。
〈迅が選んだなら間違いねーだろ〉
「そ、そうかな……?」
でも、身につける物を渡すなんて重いって思われないかな。
まだ付き合ってから4ヶ月くらい。それでも俺の “ 好き ” は毎日積もっていく。
星那ちゃんも少しは意識してくれているかな。そうだったら嬉しいんだけど。
〈だって、迅より篠原を見ている奴なんていないだろ。大丈夫だ〉
「そっか……そうだね。ありがとう」
珍しく励ますような言葉を投げかけてくれた渚。
でも、でもね。俺がどんなに星那ちゃんを見ていても彼女も見てくれないと意味がないんだよ。
まだ江崎くんのことを引きずっていると思うから。
球技大会の日。俺は江崎くんを見つめる星那ちゃんの姿を見てしまった。
敵わないってわかっていたけど、どんなに俺が近くにいても彼には勝てないんだと思い知らされた。
でも、彼女だって前に進もうと頑張っている。少しずつだけど心を許してくれていると思うんだ。
だから明日は俺がリードしよう。そう心に決めた。
俺といるときは俺のことだけを考えていてほしい。彼女にも俺のことで頭をいっぱいにしてほしい。
〈……じゃ、俺寝るから〉
「うん、おやすみ」
そう言って渚との電話を切る。今の時刻は10時。高校生ならもう少し起きていても不思議ではないのに。
早寝早起きで規則正しい生活をしている渚は、毎日9時には寝ているらしい。
それなのにいつも眠そうにしているのはどうしてなんだろう。
「ふう……」
明日のことを考えつつも球技大会の日のことが脳裏をよぎる。
星那ちゃんとグラウンドの隅で話してから俺達は体育館に戻った。そして少し晴れた心で5組の審判をした。
でも、間近で江崎くんの活躍している姿を見るととても胸が痛んで、彼女の瞳が輝いていることに気づいて肩を落とした。
もちろん彼女が江崎くんに未練があることは知っているし、それもわかった上で俺達は付き合ったつもりだった。
それでも俺だけを見てほしいと思うのはワガママなのかな。