「迅くん……」
「え?」
もしかして今の本音を聞かれた……?目の前にいる彼女は不安げな顔をしている。
どうしよう。せっかく俺と付き合ってくれているのに。
彼女の前で弱音なんて吐いたらいけないのに、不覚にも聞かれてしまうなんて。
「ちょっといいかな?」
「あ、ちょっ……」
少し強引に手を引かれ、クラス中の視線を浴びながら教室の外へ出た。
何を考えているんだろう。もしかして別れ話……?
そんな、まだ付き合ったばかりなのに。俺はこんなにも星那ちゃんのことが好きなのに。
「ここなら大丈夫かな」
そう言って連れてこられたのは人気のない廊下の隅。
人に聞かれたくないような話……それってやっぱり……。
「私、迅くんと付き合えて良かったと思っているよ」
「それは、俺もだよ」
彼女にそんなこと言ってもらえるなんて嬉しいはずなのに。どうしてかな。今は心が重い。
「だから『俺なんか』って言わないで?」
「え……?」
それを聞いて最初に思い浮かんだのはさっき漏らしてしまった言葉。
『……俺なんかが星那ちゃんの隣にいていいのかな』
あれは紛れもなく本音だった。
俺と彼女が釣り合うはずがない。頭ではわかっていたけどその現実を受け入れることが怖かった。
「私はそんなに中途半端な気持ちで付き合ったわけじゃないよ。だから、もう少し自分に自信をもって?」
星那ちゃん……。それを言うためにわざわざ……。
彼女の心づかいに気持ちが晴れていくのがわかった。
たとえ不釣り合いだとしても俺は星那ちゃんのことが好き。
ただそれだけの気持ちでいいんだよね。
「星那ちゃん、ありがとう」
天使のように可愛くて太陽のようにいつも誰かを照らす。そんな彼女の隣にいられて本当に嬉しい。
『中途半端な気持ちで付き合ったわけじゃないよ』って言ってくれたんだ。俺がもっと強くならなきゃ。
強くなって、星那ちゃんを守れるくらいの立派な人になれたなら。
そのときは彼女も振り向いてくれるかな。江崎くんを見返すことができるかな。
「ううん、そろそろ戻ろっか」
付き合っていることが一瞬にして広まってしまった教室に戻るのは正直気まずいけど、彼女と一緒なら大丈夫だと思えた。
小さな手。寂しそうに笑う顔。光をなくした瞳。その全てを俺のものにしたいなんて欲張りかな。
でも俺は星那ちゃんの心がほしいんだ。
そんなことを思いながら俺達は手を繋いで教室へ戻った。
◇◆◇
「はぁ……」
本日、新学期になって2日目。星那ちゃんとのこともみんなに広まり、照れながらも恥ずかしい日々を送っている。
でも最近俺には悩みがあるんだ。
「星那ったら相変わらずモテるんだから」
「そんなことないよ?」
それは星那ちゃんがモテすぎること。彼女は可愛いし性格もいいからモテる。
……うん、学年で1番と言っても過言ではないくらいモテる。
「迅、元気だせよ」
そんなこと言われても無理だよ。だって俺の彼女なのに。
星那ちゃんのことは誰にも渡したくない。絶対に手放したくない。
実は、始業式の日も星那ちゃんは呼び出されていたらしい。
橋本さんと一緒に来ていたところを他のクラスの男子に呼ばれたそう。
帰りにそれを聞いたとき、だからふたりの教室に入ってきた時間が違ったんだ、と納得もしたけど。
やっぱり不安や嫉妬の感情の方が大きかった。
「あの、迅くん……ごめんね?」
そ、そんな風に首を傾げて寂しそうな声で謝られたら……!
「……ううん、大丈夫だよ」
許してしまうに決まっているよ。
星那ちゃんは自分の可愛さに気づいていない。だから他の男子に目をつけられるんだ。
早く俺だけを見てよ。なんて、確かに彼氏だけどそんなことは絶対に言えない。
だってまだ江崎くんのことを引きずっているって知っているから。
「そんな顔しないでよ。俺は、星那ちゃんが笑っていてくれるならそれでいいから」
俺はこの笑顔に弱いみたいで、自分に何かあってもこの笑顔のためならなんだってできる。そう思えるんだ。
「大袈裟かもしれないけど、俺が1番守りたいのは星那ちゃんだよ」
これが俺に伝えられる精一杯の素直な気持ち。これだけは譲れない誰にも負けない気持ち。
「ふふっ、ありがとう」
優しく微笑む彼女の顔はとても綺麗で、きっとこれからも忘れることはないだろう。
それほど一緒に過ごす時間は大切なんだよ。
どんな言葉を選べばこの気持ちが伝わるんだろう。なんて考えたけどきっと無理だよね。
俺の気持ちは言葉でなんて表しきれないほどに大きいんだから。星那ちゃんが望まなくても何度だって伝えるよ。
「星那ちゃん、好きだよ」
「……うん、ありがとう」
必ず間を置いて返ってくるその言葉。
星那ちゃんは優しいね。だから、俺の言葉に困っている素振りを見せずに「ありがとう」って返してくれる。
その優しさが本当に嬉しくて、たまらないほど辛い。苦しいよ。
でも今はその思いよりも、彼女を好きだという思う気持ちの方が上回るんだ。
やっぱり俺、重症かもしれない。
何があっても星那ちゃんのことは守り抜きたい。俺の中でそれくらい大きな存在なんだ。
だから、これがたとえ一時的な幸せだとしても、俺はふたりで過ごせる時間を溢れるくらいの好きで埋め尽くしたい。
俺を好きになってくれるような魅力なんてひとつもないけど、彼女を想う気持ちは本物だから。
────俺を信じてよ。
ひとりにしないと誓うから。すぐに駆けつけるから。一途に想っていくから。
俺だけを好きになってよ。
星那ちゃんが俺を好きになってくれるその日までずっと待っているから。
幸せだ、付き合って良かった、って思わせてみせるから。
いつか絶対に好きにさせてみせるから、その日が訪れるまで待っていてよ。そう言ったら待っていてくれるのかな?
今更気づいたって後戻りはできないけど、俺はとんでもない人を好きになってしまった。
「どうしよう、渚!」
「はいはい、どうせ篠原のことだろ」
泣きつく俺に対して渚は今日も冷たくあしらう。まだ登校時間中だから人は少ないけど、周りの人も不思議そうな目で見ている。
親友がこんなにも悩んでいるっていうのに渚ったら本当に無関心なんだから。
「星那ちゃんが可愛すぎて死にそう……」
新学期が始まってから約1ヶ月。
自分で言うのも変だけど、俺と星那ちゃんの距離はかなり縮まったと思う。
学校にいる間も普通に話すし登下校は一緒にしている。デートも家に遊びに行ったりもする。
でも俺はものすごく悩んでいるんだ。それはもう死んでしまうんじゃないかってくらい。
「またノロケ話かよ」
「本当に星那ちゃんが可愛いんだよ!」
物わかりが悪い渚に向かって大声で叫ぶ。
でも、ここは朝の教室。
「……じ、迅くんっ!」
俺と星那ちゃんは一緒に登校しているわけで。だからもちろん彼女もこの教室にいるわけで。
も、もしかして今の会話聞かれてた?
「もう、恥ずかしいよ……」
彼女は真っ赤に染まった顔を手で隠す。その姿も可愛くて、もう俺ダメかもしれない。
一緒にいると可愛いところばかりが見つかる。
「星那ちゃんっ!」
我慢はできなかった。彼女に歩み寄り、人目も気にせず抱きしめる。
「ここ教室だよっ……」
彼女もそう言うけど、俺の体に細い腕を回す。
はぁ、好きだなぁ。どうしてこんなに可愛いんだろう。