母は、何も知らないのだ。何も。
私と瀬川の間に何があったのか、など。
母が私よりも仕事を優先することに、今まで文句なんて言わなかった。
もちろんそれは私の学費や生活費を稼ぐためだって分かっているからで。
それでもさすがに、今回はひどいんじゃない。
先ほどからずっと鳴っているスマホを無視し、ひたすら口に食事を運ぶ。
「出なくていいの?お母さんからでしょ?」
「いいの」
もう限界だ、とばかりにスマホの振動が止むと、今度は瀬川のスマホが震えた。
瀬川は迷うことなくスマホを手に取る。
「もしもし。ああ留美さん。
今、食事してます。
…はい分かりました、伝えておきます」
留美、間違いなく私の母の名前だ。
「いつまで拗ねてるのって言ってたよ。これから一緒に住むんだし、仲良くしなさいって。
留美さんもそう言ってるしさ、機嫌直して…」
バン、と私は瀬川の話を中断させるために机に手を叩きつけ、立ち上がった。
「ごちそうさま」
食事はまだ半分ほど残っていたが、食べる気になどなれない。
驚いている瀬川をちらりと一瞥し、自分の部屋へ向かう。