「歩舞、写真撮ろ‼」
教室に戻るなり、写真を持って寧音はわたしのもとへ駆け寄ってきた。
「いいけど、今からホームルームあるからまた後でね」
寧音をドアから押し出すと、え~。と、だだをこねる。
廊下を出た瞬間に目の前の男の子とぶつかってしまった。目が合って、あ……と、寧音の口から思わず声が漏れる。
一瞬表情を止めた尊。それから、何事もなかったかのように通り過ぎて行った。
置き去りの人形のように何も言わず、寧音はわたしに背を向けたままその場に立ち止まる。
寧音……
「あたしね‼」
わたしが声をかけようとする前に寧音は大きな声で振り返った。
「あたし……、最近ニンジン食べてるでしょ」
「へ?」
いきなりのことで意図が読み取れないわたしは次の言葉を待った。そんなわたしを見て笑う寧音。
「ニンジン、好きになれたら……」
尊もあたしのこと、また好きになってくれるかな。
その憂い交じりの笑顔から流れる涙を、わたしはカーディガンの袖で受け止めた。
紺のカーディガンがタンスから目覚める時期。だいぶ失恋から立ち直っていたわたしの前に、わたしのことを好きだと言ってくれる人が現れた。
その言葉を聞くのはいつぶりだっただろう。ほんとに、ほんとうに嬉しかった。
でも、潤ませた目からこぼれそうな感情を落とさないよう上を向くことしかわたしには出来なかった。
見上げた夕方の空に伸びる飛行機雲のすじ。寒さしのぎの甘いミルクティー。
わたしの心の中に浮かぶのは、やっぱり一人しかいないんだと。