その日、わたしが帰ろうとドアの前に立った時、家の電話が鳴ったんだ。
電話、鳴ってるよ?と、言っても輝空は適当な返事を返すから……急ぎの用事かもよ?と、もう一度言うと……

『そんな事より今は歩舞が優先だから』


──……最後の長いキスの間。
あの時、玄関で抱きしめてくれた輝空の照れたような微笑みがわたしの頭を巡って。涙が、わたしの頬に触れる輝空の手にこぼれ落ちた。

アノ気持チガ ワタシニ 向クコト ハ モウナイ。

輝空の気持ちがわたしじゃない誰かに向いてしまう日がいつかきっと訪れる。それを思うと苦しかった。

いつかはわたしじゃない誰かを好きになる。
いつかはわたしじゃない誰かと付き合う……
わたしじゃない誰かに愛されるの?
わたしじゃない誰かと手を繋ぐの?

本当に最後なんだ──……
泣かないよ、泣かないよ。もう、泣きたくないんだよ。
ほんとはまだ過去形にしたくなかった。

けど──……ばいばい。


ーーー
ーー

家への帰り道に想い出の場所で足を止めた。始まりの場所……時間のずれた役場の時計。
いつの間にか、とうとう動くことすら出来なくなってしまったようだ。

8月の夜、今日もまた雨が降ってきた。

「雨の中なら、泣いても誰もわからないよ」

小さく自分に言って、しばらくそこにいた。
わたしの好きな人を、好きだった人を想いながら。