残業をしてオフィスを出ると、矢崎の後ろ姿を見付けた。

 いや、探したのだ……


「矢崎!」

 俺は、何もためらわずに声を掛けた。


「課長…… お疲れ様です……」


「なあ…… ラーメン食って行かなねぇ?」


 俺の言葉に、表情が明らかに緩んだ矢崎を見て、返事を聞かずにラーメン屋のドアを開けた。


 生ビールを一口飲めば……

「美味しい……」

 ため息とともに、言葉が漏れた矢崎にほっとして笑みが毀れてしまう……


「矢崎…… 今日はありがとうなぁ……」


「えっ。何が、ですか?」


「現場でのアシスタント…… 助かった……」


「いえ、当たり前の事ですから……」


 矢崎は美味しそうに、ラーメンをすする……


「そうでも無いんだよ……」


「えっ?」

 矢崎は驚いた顔で俺を見た。


「いや……」


 俺は、軽くため息をつき、ビールを口に運んだ。


「なぁ、矢崎…… お前の観察力から見て、俺はどう見える?」

 何故か矢崎から自分がどう見えるのか気になって仕方無かった。


「うーん。以外に意地悪……」

 矢崎は俺に流し目を送った。


「なんだよ、 それ……」

 俺はちょっとムッとなり睨んだ。

 今まで付き合ってきた彼女達は、たいてい褒め言葉を俺に向ける。

 しかし、矢崎の意地悪と言った言葉は、俺の中のくすぐったい部分を刺激して、なんだか心地よいよさえ思ってしまう……


「でも……」

「でも?」

「いいえ」

 首を横に振る彼女の言葉の先を気になって仕方ないのに、それ以上聞く事が出来なかった。


「で、自分の事はどう思うんだ?」


 俺は、気になっていた事を口にした。

 以前、自分を褒めてくれる人が居ないと言った矢崎の言葉が気になっていたのだ。


「えっ?」

 矢崎の顔が一瞬曇った。


「自分の事?」

 俺は、しつこいと思ったが、もう一度聞いた……


「どこにでもいる、取り柄のない平凡な子、かな?」

 彼女の言葉に、俺は違うと言いたいのだが、上手く言葉が見つからず、


「ふーん。以外に自分の事は、分からなんだな?」

 口から勝手に出てしまった

「えっ?」

 矢崎は驚いて俺を見た。


「いや、別に……」

 俺はそう言うと、自然と手が伸びてしまい、矢崎の頭に手の平を乗せ、クシャっと撫でた。



 それから時々、俺は矢崎に合わせ仕事を終わらせると一緒にラーメンを食べて帰った。


 矢崎との他愛もない会話と、飾らないでいられる自分に安らぎを感じていた……