「矢崎さん?」

 聞き覚えの無い声に、顔を上げる。


「あっ。職人さん達?」


「そうそう。作業着じゃ無かったから分からなかった?」

 いつも現場で見かける三人組の一人が言った。


「ええ」

 私は無理矢理の笑顔を作った。


「俺達、これから飲みに行くんだけど、矢崎さんも一緒にどう?」


「あ…… 今日はちょっと……」

 とてもそんな気分になれない。


「そんな顔の矢崎さんは、見たくないなぁ。飲んでストレス解消しよう!」


「えっ」

 気付かれないよう笑顔を作ったつもりだったのに……


 私は、彼らに少し救われた思いで、居酒屋へと向かった……


 分かっていたのだが、ついつい飲み過ぎてしまった……


「矢崎さん何かあった?」

 人良さそうな笑顔の、小山さんと言う人が心配そうに聞いてきた。


「ううん。ちょっと仕事でね…… たいした事じゃないの……」


 私は、サワーの入ったジョッキをグイッと飲んだ……


 今は、少しでも自分の事を心配してくれた言葉が嬉しかった……


 フラフラになって居酒屋を出ると、さすがに三人は私に困っていた。


「大丈夫、タクシーで帰るから」

 そう言ったのだが、小山さんが心配だと言ってタクシーに乗り込んできた……



 今頃課長は、小島さんと……


 そんな事を考えると、涙が込み上げてくる……


 小山さんの手が、肩に回ったのが分かったが、私には跳ね除ける力も、気持ちも無かった……


 これが、課長への気持ちからも、自分の弱さからも逃げている事だとは気が付かなかった。



 決して片付いているとは言えない部屋のベッドの上で目を覚ました。


 床に落ちた下着を拾い身に着ける。

 飲み過ぎた頭にキンキンと痛みが走る。


 このまま部屋を出ようと立ち上がった。


「ねえ? 帰っちゃうの?」

 裸のままの小山さんの体が起き上がった。


「ごめん…… 起こした?」


「矢崎さん、何があったかは知らないけどさ…… 俺と付き合わない?」


「えっ?」

 思わず困った笑みを見せてしまった。


「俺、けっこう好きだったんだよね、矢崎さんの事…… 成り行きでなんて嫌だからさ……」


 正直言って夕べの事はあまり覚えていない…… 

 なんとなく体に触れられていた感覚が所々で蘇るだけだ……


 でも、今は誰かと付き合っている方が楽かもしれない……


 私の半分ヤケクソで不純な考えが、後で大きな後悔となる事も考えずに、こくん、と肯き部屋を出た。