時計の針を見ると、定時を少し過ぎている……


「課長! たまには飲みに行きませんか?」

 いじけむしの大宮くんと、王子顔の藤川さんが、デスクの片づけを始めた課長に声を掛けていた。

「すまん…… 今夜先約があって。又、今度な!」


「仕方ないですね……」

 大宮君は本当にがっかりしたように肩を落とした。


 しかし、私の胸の中は、バクバクと嫌な音を立てはじめた……


 先約って何? もしかして、木島さん?


 帰り支度をして、オフィスを出て行く課長を不安一杯で見つめてしまった。


「大阪支店の木島さんてさぁ、課長の彼女っていう噂よ」

 姫川さんと唐沢さんの会話が耳に突き刺さってきた。


 それでも、まだ、ただの噂であって欲しいと願う自分に呆れてしまう……


 オフィスを出て、駅の方へなんとなく歩く。


 ぼーっとしながら足を運ぶ目の前に、見たくないと願って居た姿が現れた……



 綺麗な木島さんが腕を絡めている相手は 見たこともない整った笑顔の課長だった。


 向かってくる二人に避ける間が無かった。


 確かに課長と目が合った……


『お疲れ様です』と声を掛けるのが普通なはずなのに、声が出せず俯く私の横を、二人は通り過ぎて行った。


 課長は私の存在を無視したのだ……


 恐る恐る振り向くと、二人はお洒落なイタリアンの店へと消えて行った……


 私は知らない、課長の整った笑顔など…… 

 でも、クシャッとなる笑顔を知っている。


 私は知らない、課長がお洒落なイタリアンで過ごす姿を…… 

 でも、美味しそうにラーメンをすする姿を知っている。



 でも、私は課長の彼女では無い……


 課長にとって私は、仕事帰りにラーメン食べる相手に丁度よかっただけなのだろう……


 課長は何故、私を無視したのだろうか? 

 彼女に説明するのも面倒な相手だという事なのか?


 一人で浮かれていた自分が情けない……


 ただただ苦しくて、溢れ出そうになる涙をぐっと堪えて唇を噛んだ。