「いい香り……」


アデルは思わず顔を綻ばせ、セドリックがくれた精油の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、自分のそんな行動に、記憶をくすぐられる。
ハッと顔を上げたアデルの思考を肯定するかのように、セドリックは首を縦に振った。


「仮面舞踏会の晩、僕はバラが咲き誇る温室で、仮面の姫君をパーティーに招待した。そのすぐ後で会ったアデルからは、このバラの香りがした」

「っ……」


アデルは小瓶の蓋を閉め、それを両手でギュッと握り締めた。


「バラの香りがしただけで、私だって思ったの?」


目線を上げて訊ねる彼女から、セドリックはどこか気まずそうに視線を逸らす。
そして、小さな声でボソッと呟いた。


「……ごめん。実はもっと前から気付いてた」

「前?」

「そう。二度目に会った時はちゃんとわかってた。最初に会った晩……あれからずっと、僕は君に彼女の面影を重ねているんだと思ってた。でも、違う。僕は最初から、アデルの瞳を彼女に重ねていたんだ。彼女の瞳を見た時、『アデルによく似てる』と思いながら、ダンスの間も探してたんだから」


そう言って、セドリックはどこか恥ずかしそうに微笑んだ。


「日が経てば経つほど、僕の中で、彼女と君は一人の人間として、完全に一致していった。でも君だという確証が欲しくて、僕にしかわからない痕を残したりした」

「痕……? ……あっ!!」