彼女も馬から振り落とされないよう、無我夢中で掴まっている状態だ。
顔を上げる余裕もなければ、もう手綱を操ることもできないだろう。


「怖いっ……助けて……」


セドリックの声は、アデルの耳にまったく届いていない。
アデルが発するのは、まるでうわ言のように助けを求める泣き声だ。


「っ……はああっ……!!」


セドリックは馬の尻に更に強烈な一鞭を振るった。
更に甲高く馬がいななき、後ろに背中を吸い込まれそうなほど速度が上がる。
彼の足元の高さにまで、二頭の馬が立てる土埃が舞い上がった。


後を追うセドリックの目にも、前を走る馬の尻が近付いてくるのがわかる。
追いつけると確信した瞬間、彼はハッと息をのんだ。
馬が向かう先に、何があるかを思い出したからだ。


「くそっ……」


セドリックは無意識に舌打ちしながら、苦渋に顔を歪める。


この先は、崖だ。
森の奥への道からは完全に逸れていて、今二人が乗った馬は、丘に続く登り道を突き進んでいる。
このまま進むと、周りを囲む木々が少なくなってくる。
視界が開けると、そこは小高い丘の頂だ。
眼下に領土の半分を見渡せて絶景だが、そこは崖の切っ先なのだ。