そう言いながら、先を進むアデルに追いつこうとセドリックが自分の馬の腹を軽く蹴った時、彼女が「あっ!」と潜めた声をあげるのが聞こえた。
セドリックは一瞬それに気を取られて、馬の手綱を引いて歩を止める。


「セディ、あそこ!」


少し低めた鋭い声で注意を引きながら、アデルが大きく振り返った。
彼女が指し示す方向の草むらが、ガサッと揺れるのが見える。
かなり遠目ではあるが、そこに黒い影が走るのを、セドリックも確かに見た。


「牝鹿……?」


その姿を目視しようと目を細め、セドリックは馬の歩をわずかに進ませた。
彼の視界の中で、アデルが「あ、行っちゃう!」と小さく叫ぶ。


「捕まえたらセディの武勲にできるわ、ほらっ!」


アデルはそう言うと馬の腹を強く踵で蹴った。
彼女を乗せた馬が勢いよく走り出す。
先ほど影が走った草むらを目指し、森の道からは完全に逸れて行ってしまう。


「っ……アデル、ダメだ、戻れ、道を逸れるなって言ったろ!!」


アデルの行動に慌てて、セドリックは険しい声をあげて後を追った。


「アデル、待てって!」


セドリックが止めるのも聞かずに、アデルは馬の速度を上げていく。
獣道もものともせず疾走していくその姿は、さながら史上の英雄のようだ。