僕らは水族館の横にある公園の遊歩道を行く。
歩きながら、副崎は本当の理由を話してくれた。

「お母さんがまだ生きていて、入院していた頃の話です。私、あることをお母さんと約束したんです」
「約束?」
「お母さんの病気が治ったら、家族三人で水族館へ行くっていう約束です。私本当に水族館に来たことがなくて、初めての水族館は家族三人で行きたかった。だからそういう約束をしたんです。お母さんと……、そしてお父さんとも……」

僕は副崎の一歩後ろを歩いているので、彼女の表情を確認することはできない。
その話し声には悲しさというよりも、自分ではどうすることもできない現実への空白感の方が、強く込められているような気がした。

「結局、お母さんはいなくなっちゃって、お父さんも仕事ばっかりになって、私は私で自分の気持ちの整理とかが大変で。お父さんはこの約束、もう覚えていないんだろうな……」

副崎は遠くの空を見上げる。

「そっか……。でもそれなら、尚更なんで今日行こうなんて言ったんだ?」

僕の言葉に、副崎が足を止める。

「……けじめをつけたかったんです。自分の気持ちに。どれだけ願っても、お母さんが生き返ることはない。お父さんも、私のことなんて見てくれていない。この約束はもう、叶うことはない。諦めなければいけない。だから、こうして今日水族館へ連れてきてもらって、自分を納得させたかったんです」
「副﨑……」
「私の個人的な我儘に付き合わせて、本当にごめんなさい」

こちらを振り返る副﨑。
偶然か必然か、沈みゆく夕陽が副崎の真後ろを通った。

「だけど今日はとても楽しかったです。先生と来ることが出来て、自分の気持ちにもけじめを付けることが出来て本当に良かった……」

夕陽の光のせいか副﨑の姿が眩しく輝き、僕は彼女を直視することが出来ない。

「ねえ、先生……」

そして彼女は、徐に切り出した――。