「ありがとうございました」

副﨑に号令で初めて授業が終わり、僕は胸をなでおろす。
正直、知っている生徒が誰もいないよりも緊張した。
話をしていた時の手汗の量は、これまでにないくらいだった。

「久田先生」

教卓を整理している僕に声をかけてきたのは、やはり副崎だった。

「自己紹介、とっても緊張してましたね」

彼女は悪戯っぽく、あどけなさ一杯に笑いながら言う。

「やっぱり分かった?」
「んー、どうですかね。私は先生と会うのが二回目だから分かりましたけど、初めて会う皆はそんなに気にしてないかも」
「そっか。でもまさかこの学校で唯一知っている生徒と、最初の授業で会うとはね。皆知らない子ばかりだと身構えていたから、変に緊張しちゃったよ」

しかもそっちは楽しそうにこちらを見てくるし……。

「私は分かってましたよ、久田先生が来ること。きちんと時間割を確認してましたから」
「おっと、それは僕が事前に名簿を確認しておかなかったことに、何か言いたいのかな?」
「え? 先生確認してなかったんですか? 駄目じゃないですか」

本当に知らなかったのか疑いたくなる言い方だが、いずれにしてもこちらとしては言い返すことができない。

「ん?」

不意に、僕は誰かからの視線を感じる。
後ろにあるロッカーの方に目をやると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
仏頂面でこちらを見つめている彼の名前は……

「先生、どうかしましたか?」
「えっ。ああ……」

彼女の声に反応した後、再び男子生徒の方に目を向けると、既に姿はない。
トイレにでも行ったのだろうか。

「なんでもないよ。そろそろ休み時間も終わるし、職員室に行くね」
「先生の授業、これからも楽しみにしてますね」
「そんなに期待されても困るな……」

僕は苦笑いで彼女に一言かけ、教室を出た。