第七話 サプライズ

ーコンコン、

「…失礼します」

病室のドアを開き、中に入る二人

「…陽美」

「おはよう、お母さん」

うっすらと目を開けた万亜の隣に、陽美と麻陽が腰を下ろす

「お母さんに会わせたいって言ってた人…茅ヶ崎麻陽くん」

「茅ヶ崎麻陽です」

「麻陽くん、ね…

陽美、素敵な人を見つけてきたのね」

嬉しそうに言う万亜に、陽美も嬉しくなる

「…麻陽くん、陽美のこと、よろしくね」

「…はい」

静かに麻陽が頷くと、そこに飛び込んできたのは遼河だった

「なっ…陽美?!会わせたいやつって男だったのか?!」

血相を変えて飛び込んできた遼河の後ろから、やれやれと言ったように蘭と父親も入ってきた

「遼河、陽美も年頃だろう。
男の子の友達の一人や二人、いるさ」

「あれー?陽美、茅ヶ崎先輩って友達でいいの?」

茶目っ気たっぷりに陽美へと促した蘭

「なっ…まさか…!!」

遼河がありえない!と青ざめる

「か……彼氏………です」

小さな声で、陽美は確かにそう言った

「逢坂…」

横にいた麻陽も思わず照れてしまい、手で顔を覆った

「なっ、か、かかか彼氏?!?!!」

これには父親も驚き、遼河同様青ざめる

「あははっ、やっぱりちゃんと伝えられたんだね!
来た時の陽美の嬉しそうな顔みたら、すぐに分かったよ〜」

蘭が楽しそうに言うと、万亜も微笑ましそうに口を開く

「…楽しそうなあなたを見れて、これ以上ないくらい、嬉しい」

目に涙を浮かべながら、そう微笑む万亜

「…実はさ、陽美にもう一つ、サプライズがあるんだって!」

蘭が嬉しそうに言う

「サプライズ…?」

「じゃーーんっ!」

開き直った父親が白衣のポケットから取り出した一枚の紙、それは…

「…!」

陽美の目の前に出されたのは、婚姻届だった

「あれから色々考えて…万亜が発病した半年前に、既に再婚してたんだ」

「は、半年前…?!」

「ほんと、ありえねーよなぁ…
俺がどれだけ頑張って稼いでたか…

俺もそれを聞いた昨日、親父に殴りかかったからな」

あはは…と頭をかく父親を横目に睨みつける遼河

「陽美っ!…きっと、ここからまたやり直せるよ」

蘭が嬉しそうに笑いかける

「おう。…親父も俺もついてるんだ、余命だとか末期だとか、そんな言葉には絶対負けない

“家族”みんなで、また一からやり直そう」


これ以上無い、サプライズだった


陽美はずっと、その事を引きずっていた

もう二度と、家族に戻ることは無いだろうと…半ば諦めかけていた

だけど、それが今叶って。

とめどない涙が、陽美の思いを物語っていた

「…こほん、時に麻陽くん
これから先、どうなるか分からない

だが娘のこと…陽美の事を、大事にしてやってほしい」

父親が麻陽の方へと視線を移す

「…マジで陽美泣かすようなことがあったら、すぐさまぶっ飛ばしに行くからな!」

遼河も子供のように麻陽へと宣戦布告する

「二人なら、きっと大丈夫だよ!

私もついてる」

蘭がトン、と自分の胸を叩く

「みんな……ありがとう」

涙でいっぱいな陽美を、麻陽は優しく包んだ



あれから数ヶ月

陽美の環境は、目まぐるしく変わっていた

「逢坂っ!」

遠くから彼女の名前を呼んだのは麻陽

「麻陽くん。おはよう」

彼の声が聞こえるようになった幸せを、日々噛み締めていた

「…もうすぐ卒業、だな」

卒業式を間近に控えた麻陽たち

一学年下の陽美達とは一旦お別れになる

「でもきっと、私たちなら大丈夫だよ」

陽美が寂しさを隠すように笑いかける

「…万亜さん達、卒業式に来てくれるんだってな」

あれから容態が驚くほど回復した万亜

父親の病院へと移った遼河と父親の力あって、見事に病気を克服する手前まできた

その間、麻陽は医療関係の専門学校への進学が決まり、
花奈は地元のスイミングスクールのインストラクターに、
結斗は地元の大学への進学が決まったりと、色々な出来事があった

「ところで逢坂。
お前はもう進路とか、決まったのか?」

「…うん、決まったよ」

以前は問われても何も思い浮かばなかった陽美
だけど、この数ヶ月で沢山の人と触れ合い、自分のしたい事を見つけることが出来た

「…私ね、先生になろうと思うの」

自分と同じような境遇の子がいたら、迷わず手を差し伸べて助けてあげたい

そんな思いから、夢を見つけた

「…実際、いまの高校の先生はあんまり好きじゃなくて。

と言うより、親身になって相談に乗ってくれる人が少ないって感じたの」

教師という職に縛られ、自由が効かないことも勿論あるだろう

しかし、自分の時間を割いてまであまり相談に親身になって乗ってくれる人は少ないように陽美は感じていた

「耳が聞こえなかった私だからこそ、人と人とのコミュニケーションの難しさはよく分かる

…だからこそ、私の経験してきたことを次の世代の子達にも伝えたくて」

…大きく出すぎたかな?

そう言って、照れくさそうに笑う

「いいんじゃないか?お前らしくて」

麻陽もなるほどね、と笑う

「…あのね、麻陽くん」

「ん?」

急に立ち止まった陽美に振り返る

「…卒業前に、一つだけ、お願いがあるの」

「?」

「…っ…ええと…その……」

下を向いてもじもじと恥ずかしそうにする陽美

しばらくして心を決めたのか、ぱっと顔を上げる

「わた…私っ、麻陽くんに、名前で呼んでもらいたい!」

「…っ、?!」

突然そんなことを言われ、顔を赤らめる二人

「……だめ?」

数ヶ月付き合ってきた二人だが、いまだに名前で呼んでもらったことが無かった陽美

「…私はずっと、会った時から“麻陽くん”って呼んでた

…名字じゃなくて、ちゃんと“陽美”って、呼んでほしい……」

陽美の声はどんどん小さくなり、顔も徐々に紅潮してきた


〜…っ、ああもう!

半ばヤケになった麻陽は顔を真っ赤にして、陽美に向き直る

「…ひ、陽美……」

その声はいつもより小さかったが、確かに陽美の耳に届く

ぱあぁっと表情を輝かせた陽美は麻陽に抱きつく

「ちょっ…おうさ…陽美?!」

「嬉しい!麻陽くんがやっと私の名前、呼んでくれた!」

嬉しそうな二人の側に、賑やかな声が聞こえる

「あーあ。朝からいちゃいちゃしちゃって〜
もうすぐ学校着くんだから、自主してよ?」

「全く麻陽ったら…油断も隙も無いわね」

後ろで楽しそうにしていたのは結斗と花奈

あれから色々あったが…この二人も晴れて付き合う事となり、楽しい毎日を送っていた

ストン、と麻陽から離れた陽美は麻陽に改めて向き直る

「麻陽くん。

私ね…あの時、あなたと出会えた事、本当に良かったと思ってる

あの時出会えて無かったら、きっと今の私はいない

私を変えてくれたのは、麻陽くんなの」

一つ一つの言葉を大切にするように、陽美は続ける

「ありがとう。…麻陽くん」

「…っ…、!」

いい加減耐えられなくなった麻陽は、陽美を強く抱きしめる

「…これから先、何があっても陽美は俺が守る

もしもまた、お前の耳が聞こえなくなったとしても、俺はお前の傍にいる

約束だ」

優しい春の風が二人の横を通り抜け、厳しく辛い時は終わったのだと、春を告げる

「陽美ーーーっ!早くしないと遅刻しちゃうよー!」

学校の門の方から蘭の声がする

「蘭ちゃん!待ってよ〜!」

大きくこちらに手を振る蘭の元へと駆け出す陽美

しかしピタッと止まり、もう一度麻陽を振り返る

「…これからも、よろしくね!」

満面の笑みで麻陽にピースサインを送ると、蘭の元へと駆けた

「…あぁもう、可愛いかよ…」

耳まで赤くした麻陽の両肩に、それぞれ結斗と花奈が手を置く

「可愛い彼女を取られないようにしなくちゃな?」

「ほんっと!麻陽は幸せ者ねぇ」

「っっ、お前ら…っ!!」

笑いながら駆けてく結斗と花奈を追いかけながら、麻陽の表情も、楽しそうに笑っていた

これから先も、たくさんの試練が俺たちを待っているだろう

だけどたくさんの人が支えてくれて、自分も支えていく

俺たちなら、きっと大丈夫。


彼らの春は、ここから始まる…



※この作品はフィクションです