桜が咲き誇るこの春に、俺、桐生空は夢を見ていた。
「俺」が、人を、何10人もの人を殴り続けていた。
わけも分からず。一心不乱に。
俺から見た夢の中の「俺」の顔は
真っ黒いペンで塗り潰したように真っ黒だった。
「俺」が着ていた制服には
返り血で真っ赤に染まっていた。
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怖かった。
どこかから見た俺は俺自身だったが俺ではなかった。
俺ではない何かが頭の中で暴れ狂っているようだった。
誰もいない静寂の中、荒い息だけが部屋に響いている。
まだ殴った感触が手に残っている。
「...俺は...」
...もう、考えるのはやめよう。
いつまでも考えてるのは時間の無駄だ。
自分に言い聞かせて
朝ごはんを食べるためにリビングに行った。
リビングのある1階に降りると、
朝ごはんのいい匂いがしてきた。
「お兄ちゃんおはよ!」
2歳年下の妹の梓は今日も元気がいい。
「おう、おはよう」
いつも通り挨拶を交わす。
「お兄ちゃん...?様子がおかしいよ?何かあった?」
「ん...いや、大丈夫、何も無いよ」
「そっかぁ...何もないならいいんだけどさ、何かあったら私に言ってよね?」
梓は察しがいい。
おまけに朝ごはんまで作ってくれる。
絶対に言いたくないが、
梓には本当に感謝している。
「おう」
「うん、ご飯食べよ!」
いつものように朝ごはんを食べ終えて
学校の支度をする。
そして、家を出る時
「...お兄ちゃん」
梓が少し困った顔をしてもじもじしている。
「ん、どうした梓?」
「あのね、きっとパパとママは見守っててくれてるよ。だから、お兄ちゃんが責任を感じる必要は無いんだよ?」
「それに、私はちゃんとわかってるよ、学校で怖がられてても、お兄ちゃんは優しい人。私はわかってるからね?」
にこっと笑って恥ずかしそうにしてる妹を見て
つい微笑んだ。
さすがは俺の自慢の妹だ。
「おう、ありがとな」
「えへへっ」
「つーか、急がないと遅刻するぞ?」
「あ!やばい!急げー!」
「はははっ」
梓はどんどん遠くへ行く。
おーい!!早くー!と、
遠くで梓が俺を呼ぶ声が聞こえる。
......優しい人...か。
夢をもう一度思い出す。
もう抵抗もできない人をひたすら殴り続けている。
あれは確かに俺だ。
過去の俺でもあるし、今の俺でもある。
「俺は一体、何をしていたんだ...」
決して消せない過去の記憶。
振り返っても振り返っても何も残らない。