「ーーー全く、あのデブ…!何が結婚よ…!有り得ない、絶対嫌よ!」


怒りのあまり、歩む足が早くなる。

私は美しいのだ、なのに!それなのに!

あのでっぷり親父はだれが勇者になるかも分からないのに結婚だという!有り得ない!

自他ともに認める美貌、そして頭脳優秀な私である。

そんじゃそこらの男で満足すると?いや、許せぬ、お金を積まれても受け入れない!


「嫌な予感はしていたがまさか結婚とは」


勇者には褒美を!と告げていた数ヶ月前のでっぷりを思い出す。

その時から何が褒美になるとかをはっきりしていなかったので、怪しいぞ…とは思っていたが私だとは思わなかった。

絶対的に私が!認める!人じゃないと結婚はしないぞでっぷり!

そう意気込み先ほど出来たストレスを発散しようと街に出かけようと足を早めるが、ふと自分の格好を見てぴたりと足を止める。

ーーードレスなのはやっぱ見た目的にばれてしまうしダメかもしれないが、部屋に帰るのは反対方向だしちょっと面倒だ。



「…うーん、どうしましょう。」


面倒かも知れないけど後々大変だし着替えた方がいいわよ。と私の中の天使がいう。
一方、こういう時は思いのままに行動するに限るぜ!悪魔はいう。


「ーーそのままでよろしいですわね!」


ニコリと笑って歩み出す私。

悪魔が勝った瞬間であった。

このまま出てしまえ、と目の前に見えたと部屋の扉を勢いよく押して開いたその時。


ーードンッ!



「ん?」


はてはて、なんの音であるか。

開いた音とは別に何かが倒れた音。
ふと見下ろすと白い汚れたズボン…誰かの足が見えた。



倒れた音と足…まさか!


「…いってー…」



人 が い た。



「ーーあら、ごめんあそばせ。人がいるとは思いませんでしたの。」



ふわりと誰もが見惚れる笑みでそう告げる。

内心邪魔だなこいつ扉の前に何してやがるなんて思っても顔は出さない。流石できる私!


「…大丈夫ですか?」


返事も無かったのでしゃがみこみ相手の姿を見つめる。


全体的に少し汚れた白の服装。
腰には深い青色の布を巻いていて…ちょっとくせっ毛のある黒い髪をもつ青年は打ったであろう額を抑えてそこ倒れていた。


その青年がふ、とその目を空けて私を見つめた。




ーーーー海のような色だわ。





ふと目に入った青年の瞳の色に一瞬だが思わず見惚れる。

その一瞬は先ほどのでっぷりへの苛立ちも掻き消された程であるが、時間としてほんの少しであった。


ぽけっとしゃがみこんだままでいると、青年はむくりと起き上がってズボンを叩く。

ハッとして同じように立ち上がると、目が合ったので少しだけ微笑んでみせた。


それにしてもさっきから返事がないぞ。私の顔が見えているのか?と言いたくなる。

…ふふん、さては私の美貌に見惚れているな?まあそれは仕方ない、なんたって私は美しいのだ!


ニコリと笑みを深める私。
青年からの言葉を待つが、大体言われる言葉は想像がつく。


そして青年はふ、と私の姿を見て、ちらりと扉の向こうを見て眉を寄せた。



ーーーん?



「…扉勢いよく開けすぎだろーが。

人がいるとかわかんねーのかよ、バカか」


「!!!」



ピシャーーーーッン!!!



青年の言葉にまさに言葉通り、そう雷が落ちた。

固まる私によそに青年は扉の向こうに歩き出す。
そう、私を置いてだ。

一方私は何度も何度も青年の言葉を頭の中で繰り返した。


バカ…バカ…バカですって…!
そんなこと言われたこともない!!
この方生まれて初めてである。


「ッお待ちになって!!」


「…なんだよ。」


思わず声をかけ、呼び止める。

なんということであるか。
キッと睨みつけ、私は口を開いた。


「ーーー名をなんと申しますか」


震える声を抑えきれず、そう告げる。
すると青年はふりかえりつつ首を傾げた。


「…アインツ、だけど。」


それだけか?と呟き、青年ーーアインツは歩き出す。


アインツ…アインツ…。
彼から告げられた名を口の中で繰り返す。
ぷるぷると震える腕を思わず抑える。


ーー街に行くのは、やめだ。
この今ふつふつと沸き立つ気持ちをぐっと唇を噛み締め、抑え込む。


初めてであった、こんな思いをするのは…!


くるりと振り返り、随分小さくなった彼の背中を見つめキッと睨みつける。




「ーーーーアインツッ…!!!!!









ーーーー素敵ッ!!!!!!」




キュンッ。


胸の高鳴りにボッ!と赤くなる顔。
ああ、麗しい…!なんて素敵な後ろ姿なの…汚い?それさえ素敵ッ!!!

ほぅ、とつく息とともに暑くなってきた自身の頬に手を当てる。


ハッ!!こうしてはいられない!!
何をモタモタしているのバカ!



「ああ!お待ちになって…!アインツ…!」



彼との出会いである扉に投げキッスをすると、私はスキップで歩き出す。
ああ、私の悪魔の声よ!服を着替えに戻っていたら彼と出会うことはなかっただろう…感謝いたします!


私は今から…恋に生きる奴隷へとなるのだ!!!