入院中、由里や母は何度も迎えに来てくれた。気弱な母は、扱いの難しいらしい私の顔を窺いつつも、色々な身の回りの世話をしてくれた。

いよいよ退院の日、蝶は一人で身支度をしていた。

「あの、宮田さん…」

自分についてくれた担当の看護師を呼びに、廊下へ繋がるドアを開けた、その時だった。

見覚えのある黒髪が、前を通り過ぎる。

立ち止まった蝶は、息を呑んだ。

しばし逡巡したあげく、口を開く。
「あの」
その声に立ち止まり、振り返った彼女が目を瞠る。

「蝶…ちゃん」
「蝶でいいです」
慎重に微笑む私に、彼女は寂しそうに笑い返した。

「もう、会うこともないかと思ってた」
「私もです」
そこで会話が途切れてしまい、蝶は話題を探した。