「レオ、」
「モトコがボクを受け入れてくれないのが苦しい」
「……ごめん」
「拒絶しないで」
レオのこと、苦しませたくはない。
だからといって気持ちに応えられない。
レオと恋人になりたいかと言われれば答えはノーだから。
「……友達に、なろうよ」
「残酷なこと言うねぇ」
「あのさ。レオ。わたし、先生のこと――」
「聞きたくない」
「聞いて」
「…………」
「先生とキスしたいとか、ましてや結婚したいとか考えたことないし。付き合う意味もあんまりわかってない。恋ってものを理解できてないんだよね。それでも……」
「カミヤでいっぱいなんだね」
「……そうみたい」
「モトコも苦しいんだよね?」
苦しい……。
「その苦しみ、ボクに消させてよ。幸せにするから。一生かけて」
「……っ!」
ドン、とレオの胸を押した。
「そんなに軽々しく一生とか言わないで」
「……え?」
【素子の髪は綺麗だね】
――古い記憶が、よみがえる。
ほとんど覚えていない。
大好きだった人たちの、記憶が。
「――あ」
ガチャッと扉の開く音とともに、すずかちゃんがやってきた。
「……邪魔した?」
真顔で問いかけてくる、すずかちゃん。
「っ、ちが、」
(はやく離れろ……!!!)
「おい」
すずかちゃんのあとから入ってきた雅人が、目の色を変えてこっちに近づいてくる。
「なにもしてないよー?」
そっとわたしから離れたレオが、両手をあげて『降参』のポーズをとっている。
「ところで青山くん。すずかちゃんと仲直りはできたかい?」
「それは、まあ」
雅人の言葉に胸を撫で下ろす。
話し合いがうまくいったようだ。
想い合っている兄妹がすれ違ったままにならなくて本当によかった……。
「ったく。少し目を離したらこれだ……ケモノかよ?」
「まぁまぁ」
「もう帰れ」
「これでも落ち込んでるんだよ? ボク」
「……はぁ?」
「失恋しちゃった」
すると、
呆れていた雅人が神妙な顔つきになる。
「この痛み、青山くんならわかるだろ?」
「…………」
「なんなら傷の舐め合いする?」
「キモいこというな」
「これまでで一番欲しいのにな。手に入らないのがもどかしい」
そう言って、視線が雅人からわたしへと向けられる。
――逃げたい。
2人が、わたしを想ってくれている。
なのにわたしは、それに応えられない。
「帰るね、わたし――」
「モトコ」
「…………」
「モトコがボクを受け入れられない理由って、カミヤだけじゃなかったんだね」
#16 奇襲
.+
季節は巡り――。
赤く染まる紅葉の葉が
冬の風に散らさている、今日この頃。
「ボクのクラスだけ床暖房設置しちゃダメかなぁ。資金援助するから」
銀髪の、黙っていれば天使のような美少年レオは一言でいうと『イカれた金持ち』。
「そんな大掛かりな工事してまで床から熱を発生させたいの?」
「大掛かりじゃないよ、モトコ。一日あればできるだろうから」
「…………」
「この学校のエアコン全然効かないんだもん」
なにもかも感覚が普通じゃない。
学校を自分好みにカスタマイズしようと考えることそのものが、大掛かりだろうが。
己の欲望のためなら湯水のように金を使い、欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れてきた暴君。
「ねえモトコ。学校辞めてさぁ。家庭教師雇ってあたたかい部屋でハーゲン◯ッツ一緒に食べながら勉強しよ」
「そんな要求、わたしがのむとでも……?」
「ああ、ベルギー王室御用達のチョコレートを使用したアイスの方がよかった?」
アイスの部分でなく、その前を訂正してくれ。
「寒さなんて重ね着でいくらでも対応できるでしょ。カーディガンとか、もっと寒くなってきたらセーターとかで対応しなよ」
「重ね着かー。脱がすの大変だねぇ」
脱ぐの……じゃなくて脱がすの?
「別に大変じゃないよ。薄くてもあたたかい肌着だってあるからさぁ。ペラッペラなパーカー羽織ってないでちゃんと着込んだら?」
「……モトコってファッションにおいてオシャレより利便性に優れてるかどうかを最優先させそうだよね」
「当たり前」
「まぁモトコならなに着てても可愛いか」
「……!」
さらっとそんなことを言ってわたしを女の子扱いしてくる。
「あー、そうだ。モトコとコタツに入ってみたい。コタツ置こうかここに」
「屋上にコタツなんて見たことも聞いたこともないよね。雨降ったら壊れるよね。誰がこんなところまで運ぶの?」
「だったら屋上に屋根を設ければいいんだよ。誰が運ぶかって? そりゃあプロにお願いすれば解決さ」
「だから学校を自分好みにカスタマイズしようとするな」
「あはは」
出会った頃は最低最悪だったが、今はムードメーカー的存在になりつつある。
「この学校が合わないならとっとと出ていけ」
そうツッコミをいれるのは、雅人。
目つきが鋭く口数は少ない。
喧嘩をすれば強いらしく、ヤンキー扱いされている。
そんなクールな彼が時折見せる甘いマスクの破壊力は大きく。
不意打ちの笑顔にやられるファンも多い。
蓋をあけてみると、かなりの常識人。
妹思いで頭だって良い。
女の子の扱いはお手のもの。
恋人のフリをすることになった当初「キスでもしとく?」とからかってきた割に、ものすごく純情だってことも判明……。
冗談でも人の傷つくことは言わないし、わたしの気持ちをよく考えてくれている優しい人。
ヤンキーだけに、いくつもピアスをしている。
だけど髪は自然な黒。
「助けて、モトコ。青山くんが、いじめる〜」
銀髪美少年と、黒髪ヤンキーと。
それから、眼鏡におさげなわたし。
一体全体どんな組み合わせなのだと……
はたから見れば謎すぎるわたし達は、相も変わらず3人一緒だった。
この学校で、勉強だけして、ずっと一人で過ごすはずだったのに。
2人といると、そんなことを考えていたのが昔のことのように感じる。
「モトコは、どこの大学いくのー?」
「もちろん国立だよ」
「あたまいーもんね」
……学費が圧倒的に安いからだけど。
「モトコならお医者さんになれそうだねぇ」
「医療系は、なるまでにお金かかるから考えらんない」
「足し算と引き算してプラスになるなら、お金借りてでもなって、将来的に稼げる仕事に就いたほうがよくない?」
金銭感覚が狂ってるレオにしては的を射たことを言うじゃないか。
「なんならボクが無利息で貸すよ」
「ただより怖いものはないっておばあちゃんが言ってた」
「どうせボクの財産の半分モトコのものになるんだし」
「なに夫婦になる前提で話してるの」
「なろうよー。ってか、なるよね?」
「……随分と重い利息だね」
「ツッコミにキレがないねぇ、モトコ」
「レオが素子のこと困らせてるからだろ」
雅人は、3人でいるときは基本的に黙っているか、あるいはツッコミ役に徹している。
「そんなこと言ってもさ、青山くん。大好きな気持ちが溢れてきちゃうんだよね」
「いいから離れろ」
わたしから少し離れたところに腰をおろす雅人に対して、ピッタリくっついて離れないレオ。
「膝枕してー?」
わたしに拒絶されると苦しいクセに
どうしてまだわたしにかまってくるかな……。
「俺がしてやろうか」
「うわぁ。嫌だなぁそれ。青山くんの足は、筋肉でゴツゴツしてそう」
わたしは、未だにわからない。
わたし達の関係って一体なんなんだろう。
同級生
クラスメイト
男と、女……。