『誰にも言うなよ?』


 
(わたしが雅人より先に帰った……?)


「それはないんじゃないかな。わたし、帰るのすごく遅くなっちゃったし」

「靴は?」

「え……靴って?」

「靴箱に靴がなかったから、てっきり帰ってたのかと」


雅人、わたしの靴箱確認したの?


「なに言ってるの? 入ってたはずだよ。さっき履いてたのと同じスニーカーが」

「…………」

「雅人?」

「んだよ、それ」


(……?)


「嘘だろ。それじゃあ……あのとき、もしかしてアイツは……」


アイツ?


雅人、まさか……。


わたしを助けた人物に心当たりあるの?


「ねえ、雅人……アイツって、」


誰?


「ごめん」


——!!


「ごめんな」


あの。ええと。


どうしてわたし


いま


雅人に抱きしめられているの……!?




「あんたのピンチに気づけなくて」

「……っ、」


いや、そんなの。

雅人が罪悪感なんて抱く必要ないよ?


「かけつけられなくて、ごめん」

「……あの、えっと、」


とりあえず離れてくれないかな!?


「誰にやられた?」

「それ……は……」

「言えよ」


そういってわたしから離れた雅人は

口調こそ落ち着いているが殺気立っている。


なんでそんなに怒ってるの?


そりゃあ、エリカたちはムカつくけれど。


わたしの身に降り掛かったことで

雅人がどうしてそこまで怒ってるの……?


「愛美って子、とか」

「誰そいつ。俺がしめてやろーか」


こ、こわっ……!!


一緒にいると普通にクールな男の子って感じで忘れそうになるけど、雅人、ヤンキーだもんね。


喧嘩したら強そうだなぁ……。


「お兄ちゃん」


――!!!


妹さん、登場。


慌てて雅人から離れる。


「なに」

「テレビ」

「は? テレビくらい自分の部屋にあんだろ」

「そのテレビでみたいの」

「あっそ。それじゃ素子、俺の部屋いこ」


――!?


「わ……わたし、帰るね」

「もう帰んの?」

「お邪魔しました……!!!」

ビックリした。

ビックリした。


……ビックリしたぁぁああ!!!


抱きしめられるなんて思いもしなかった。


部屋なんてとてもあがれない。

あれ以上2人きりになれば、わたしの心臓はもたないだろうから。


全力で自転車をこぎ家に帰ると居間でおばあちゃんがテレビを見ていた。

流れているのは、相撲だ。


「おかえり、素子」

「ただいまおばあちゃん」


うん、これだ。

わたしの日常はこうでなきゃ。


あんな大きな家で美しい住人と過ごす休日なんてわたしらしくない。


ましてやそこにラブ要素なんて必要ない……!!



#07 俺が許さねぇ



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月曜日、登校すると愛美が絡んできた。


「生きて出られたんだぁ? 残念」

「なんてことしてくれるの。おかげで洗濯物取り込んだら冷たくなってたじゃない」

「ふん。あのまま3日くらい閉じ込められてればよかったのよ」


愛美はマヌケだ。今の発言は『自分が閉じ込めました』と自白してるようなものだから。

コッソリ録音されて逆にゆすられる危険性は考えないのだろうか。


そんな愛美単体に、わたしは負ける気がしない。


問題は、エリカと菜々。


「……愛美さぁ」

「なによ」

「どんなけわたしが好きなの」

「はぁッ!?」


愛美は感情的だ。沸点が3人の中で一番低い。

煽れば簡単に、ボロを出すタイプ。


やはり一番扱いやすいのは愛美かな……。


「だってそうでしょ。嫌いなら、声すらかけないはずだから。こうやって近づいてくるのはわたしに興味ある証拠だ」

「なっ……興味なんて、」

「かまってほしいなら素直にそういえば?」

「調子にのんなよ眼鏡ザル……!!」


サルとはなんだ、サルとは。


愛美とわたしのやり取りにを見た菜々が、離れた場所から笑っている。


「ちょ、笑ってる場合じゃないし!」


愛美がエリカと菜々の元へ戻っていく。



「言い負かされててどうすんのー?」

「だったら菜々が……」

「嫌よ。委員長と会話しても腹立つだけだし」


なんだか愛美と菜々の波長が合っていないようだが、そんなことはどうでもいい。


次はどんな手を使ってわたしに嫌がらせをしてくるつもりかしらないが、愛美みたいな小物は相手にならない。


わたしが恐れているのは、エリカだけだ。


エリカがこのまま引き下がるとは思えない。


あの子はきっとわたしの息の根を止めに来る。


「おはよ、素子」


――え?


わたしの目の前まで歩いてきたのは


「……おはよう」


雅人だった。



「なんで青山くんが」
「委員長に会いに来てんの」
「しかも名前呼び」


ざわつく教室。


……無理もない。

雅人はカッコイイし。ヤンキーだから。


わたしと関わっているのが、周りからしてみれば違和感でしかないのだろう。


「連絡先、聞いてなかったから」

「……連絡先?」

「教えて」


そんなの聞いてどうするのだろう。

なんの連絡を取り合うの?


あ、そうか。

知らないと恋人らしくないから……とか?


だとしてもね。

なにも朝一番に聞きに来ることないよ?


めちゃくちゃ目立ってるから……!!


ポケットからスマホを取り出すと、手渡された。


「入れて」


そんなこと言われても、使ったことがないのでよくわからない。


画面に触れて操作すればいいの?


(えっと、03……)


入力し終えると、スマホを雅人に返す。


「……これ、宅電?」

「あ、うん」


うった番号は、自宅の固定電話だった。


「携帯は?」



「持ってないよ」

「え?」


驚くのも無理ないか。

高校生にもなればだいたいの子は持ってるから。


だけどわたしは持ってないし持つ予定もない。


「委員長の家、貧乏らしいね」


――!


「スマホ持てないくらいって相当だよね」


嬉しそうに話すのは、愛美。


雅人とわたしに聞こえるように

——というか、教室内にいる全員に聞かるかのように大きな声で語り始めた。



「中学のとき学校行事にはお母さんじゃなくておばあちゃんが来てたんだって?」


(……っ!!)


どうしてうちの事情を愛美が……。


「ババア来て恥ずかしくなかった?」

「うるさい!!」


声を張り上げたわたしに愛美が口を閉じる。


まわりの人が、わたしに注目する。


わたしのことはなんとでも言え。

だけど家のことをとやかく口出しするな。


おばあちゃんのこと

お前に悪く言われたくなんてない。


「なによ……事実じゃんっ。貧乏人」


愛美がフンと鼻で笑う。


「あのさぁ」


シンとした教室で、一番に口を開いたのは雅人だった。


「あんたが、“愛美”?」


やっば。

雅人、愛美のこと、しめるとか言ってたよね土曜日に。


「そ、そうだよ。どうして名前……」


雅人に名前を知られていることを、180度違う意味で、ポジティブに受け取った愛美の表情が明るくなる。


愛美、あんた逃げた方がいいよ。

いや、まあ、どうなろうと知ったこっちゃないけどさ。


さすがに女の子に暴力は振るわないよね……?


「やっぱりか。俺、あんたに伝えたいことあったんだよね」


ニッコリ笑う、雅人。

……目が、笑っていない。


「えっ? なに!?」


雅人の本音に気づかずに期待する愛美が気の毒すぎる。


「素子のことイジメないでくれる?」


(……!!)


「……青山くん、なんでそんな子かばうの?」


動揺する愛美。

さっきまで幸せそうに笑っていたが、途端に青ざめていく。


雅人がわたしの味方をしたことが信じられないという様子だ。